なぜ中国製マスクに不良品が多いか

長谷川 良

ローマ・カトリック教会総本山バチカンにある「バチカン薬局」に中国から10万枚のマスクが送られてきた。具体的には、中国赤十字社と 同国河北省の「中国公認カトリック基金」を通じて贈られたものだ。バチカンニュースが9日報じた。

▲中国からのマスク支援に感謝を報じるバチカンニュース(2020年4月9日、バチカンニュースから)

このコラム欄でも紹介済みだが、中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス(covid-19)は世界に急速に拡大し、世界保健機関(WHO)はパンデミックを宣言した。14日現在、累計190万人を超える感染者に、約12万人の死者が出ている。その新型コロナウイルスの発生地である中国に対して世界から厳しい目が注がれ出した。そこで中国共産党政権は失った信頼を回復するために“マスク外交”を展開してきているわけだ。

そこまでは問題ないが、欧州諸国が緊急購入した中国製マスク、検査キットなどに不良品が多い、という苦情が聞かれだした。特に、世界のマスク生産の85%を占める中国製マスクの評判は非常に悪い。

海外中国メディア「大紀元」によると、オランダ政府は3月28日、中国から購入した60万枚のマスクの回収を発表した。顔に密着しないうえ、フィルターが機能していないという。フィンランドでも中国から購入したマスクと個人用防護具が基準を満たしていないと発表。同国は、中国から200万枚の外科手術用マスクと23万個の個人用防護具を購入した。スペイン政府は中国製のウイルス検査キットを550万個購入したが、精度が30%を下回ったため、返品せざるを得なくなった。パキスタンにいたっては、高品質のN95マスクを注文したが、送られてきたのは下着で作られたマスクだったということで、「中国に騙された」と怒りの声が出ているという。

不思議に思うのだが、新型コロナ流行で失った信頼を回復するために始めたマスク外交ならば、どうしてまともなマスクを輸出、ないしは贈呈しないのかという点だ。新型コロナ危機で中国の国際社会の評判はがた落ちだ。そこで欧米諸国で不足するマスクや検査キットを輸出、一部贈呈し、関係修復に乗り出してきたわけだろう。しかし、肝心のマスクや医療物質が不良品となれば、「メイド・イン・チャイナ」は良くない、といった声が新型コロナウイルスだけではなく、中国製全てに定着する。ちなみに、「大紀元」によると、中国の企業は先月から4月4日にかけ約1570億円相当の感染対策物資を輸出し、マスクだけでも約1190億円の輸出収入をあげたという。マスクは新型コロナ危機後の中国の最初のヒット商品となっているのだ。

もちろん、新型コロナ危機前から「中国製は安価だが品質は良くない」という評判はあった。マスクや検査キットの不良品で中国製のイメージが改めて落ちたというわけではないから、あまり気にしていないかもしれない。

しかし、中国から輸入した欧米諸国ではそうはいかない。先述したように、不良品返品が既に行われている。欧米人はどこかの国のように泣き寝入りはしない。もちろん、中国側もそれを熟知しているから、不良品を受け取った国は嘗められていると受け取って間違いがない。中国はしたたかな国だ。

ところで、中国からバチカン薬局へのマスク贈呈の話だ。中国側は10万枚マスクを贈呈したが、新型コロナが拡大しだした1月末、バチカンは60万枚のマスクを中国に支援している。バチカン側は50万枚多くマスクを中国に贈呈済みだが、バチカンニュースはそのような細かい計算にとらわれず、「中国からマスク支援を受けた」という点に力点を置いて報じていた。「与えて忘れなさい」のイエスの精神を実践しているわけだ。

バチカン市国ではこれまで8人の聖職者、職員が新型コロナに感染している。幸い、83歳のフランシスコ教皇は無事だ。バチカンは世界最高の高齢社会の国だ。その上、聖職者には持病持ちが多いから、無症状の聖職者から感染が広まれば、密閉、密室の多いバチカンだからクラスターが生じる危険性はかなり高い。イタリア国内では新型肺炎で既に100人余りのカトリック聖職者が亡くなっている。

中国側が高齢者社会のバチカンの聖職者を守るという純粋な善意からマスクを贈呈したわけではないだろう。中国とバチカンは国交がない。中国共産党政権としては世界の政治に影響力があるバチカンと外交関係を樹立したいという期待がある。一方、バチカンは世界最大の人口大国の中国にイエスの福音を広めたいという宣教心がある。両者の思惑が過去、接近し、「外交関係の樹立近し」と報じられたことがあった。

中国外務省は過去、両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉、②台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産政権と一体化した「愛国協会」が行い、国家がそれを承認してきた。

バチカン内には、対中関係の正常化を求める声は強い。カトリック教会にとって中国は魅力的な宣教市場だからだ。前法王ベネディクト16世の時、バチカンと中国はかなり接近したことがあった。同16世は2007年6月、中国カトリック信者に宛てた書簡を送り、バチカンの中国人信者への熱い関心を吐露した。

バチカン法王庁は2018年、中国の官製聖職者組織「愛国協会」が公認した7人の司教の破門を解き、公認する一方、中国共産党政権は「愛国協会」公認の司教選出でローマ教皇に拒否権を与えることで一致した。バチカンは司教任命権で中国側の要求に譲歩したわけだ。バチカンと中国共産党政権の思惑が再び急接近する可能性は排除できないが、不良品の多い“マスク外交”で多くの実りを期待することはもともと過分の要求だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。