オーストリア、新型コロナが破壊する「観光」

地球温暖化は人類存続に危機をもたらすと警告されてきたが、中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス(covid-19)は世界の観光業界に致命的なダメージを与えている。スウェーデンの環境擁護活動家グレタ・トゥンベリさんが始めた地球温暖化に対する抗議集会はコロナゆえにできなくなったが、新型コロナがグローバル化をストップさせ、環境汚染から守っているのは皮肉だ。飛行機は飛ばず、外出は規制され車も少なくなった。CO2は減って中国の空気もきれいになった。しかし、コロナはきれいになった美しい観光地を人が自由に旅行することも、自然の中で家族や友人たちと集まることもできなくさせてしまったのだ。

▲ワッハウ渓谷世界遺産のドナウ川の真珠(オーストリア政府観光局公式サイトから)

当方は40年前、米国を旅行していた時、1人の賢人から「観光は神の創造の光を観ることだ」といわれた、「観光」という言葉はそこから生まれてきたというのだ。当方は当時、「うまく説明するものだな」と関心したが、年を取るにつれて「その通りだ」と納得してきた。

世界最大級の峡谷グランドキャ二オンをセスナ機で飛んだ時のなんともいえない爽快な気分は今でも思い出す。車で走っても走っても景色が変わらない米国の風景の大きさに感動したことを覚えている。普通30分も飛ばせば、風景は変わるが、米国では同じ風景が延々と続くのだ。

地球には美しい風景や地域が溢れているが、その観光、旅行が今年は難しくなった。原因は中国発新型コロナだ。旅行に欠かせられない飛行機が飛ばない。外国を訪問するにも国境が閉鎖された。旅券より、最新の健康証明書が求められる。入国したとしても、2週間の隔離生活を強いられる。これでは旅行も観光もできない、その最大の被害者は世界の航空産業であり、ホテル業界、それに関連した観光地のレストラン業界やお土産店だろう。

欧州では復活祭が過ぎれば夏の大型休日の過ごし方が話題となるが、中国武漢市から発生した新型コロナウイルスの感染拡大で夏季休暇の計画は全ておじゃんとなってしまった。5月の連休を海外で過ごそうと計画していた多くの日本人も多分、同じ思いだろう。

「欧州の人々は休日を楽しむために働く」といわれる。その最大のハイライトは2週間から3週間の夏季休暇だ。それが実現できないとなれば、生きている目的がなくなる。新型コロナの世界最大の感染地域となった欧州ではデプレッション(意気消沈)が広がっているといわれる。希望がないからだ。オーストリアの場合、うつなどの精神的病に悩む国民のためにホットラインが準備されているが、連日多くの相談が飛び込んでいるという。

オーストリアは観光立国だ。音楽の都ウィーンには世界からクラシック音楽ファンがベートーベンやモーツアルトの足跡を求めてやってくる。冬になれば、スキーのメッカ、チロルでスキーなどウインタースポーツを楽しむ人々で溢れる。

オーストリアにモーツアルトが生れなかったならば、同国の国民経済は既に破産していただろう。アルプスの小国オーストリアはあの天才作曲家モーツアルトに感謝しなければならないが、彼が生きていた時はそうではなかった。モーツアルトの才能を最も早く発見し、歓迎したのはウィーンの貴族たちではなく、チェコのプラハ市民だった。そのモーツアルトも新型コロナには勝てない。観光客がオーストリアに入国できないうえ、モーツアルトハウスは閉鎖されているから、ゆっくりとモーツアルトを偲ぶといったことはできないのだ。

オーストリアは観光業から入る収入で国庫の財政をやりくりしてきた。その観光業が新型コロナでホテルは閉鎖され、レストランは営業できない。オペラ座をはじめ、コンサートハウス、博物館や美術館は休館。5月に入り、再開されたとしても人と人の距離を1メートル以上取らなければならない。これではゆっくりと見学はできない。

クルツ政権は新型コロナ対策では迅速に対応した。対イタリア国境を即閉鎖する一方、国民には外出自粛、経済活動の縮小などを実施してきた。その結果、新型コロナの爆発的な感染拡大は阻止できたが、戦後最大となる約50万人の失業者が生れてきた。彼らに3カ月間の短期労働計画で雇用を保証したが、肝心の観光業は休業状況。オーストリアの国民経済は今年マイナス成長といわれる。

新型コロナがいつまで続く分からないが、国民経済の再開を要求する声が出てきた。オーストリアの場合、そのカギを握っているのが観光業だ。世界からゲストを集め、彼らが落とす資金で国民経済をやりくりしてきたからだ。

ウィーンは観光都市であり、欧州一の国際会議開催地だ。医学界の総会などが毎年開催されてきた。ウィーンには30を超える国際機関の本部、事務局がある。しかし、あれもこれも、新型コロナで全てダメになったのだ。

クルツ政権は5月には経済活動の制限を徐々に緩和する方針を表明。同国のエリーザべト・ケスティンガ―観光相は記者会見で、「ホテルやレストランなどの観光業界を徐々に再開したい」と表明、ドイツやチェコなど新型コロナ対策で成果がある国との間では観光客の行き交いを認めていきたい方針を明らかにした。それに対し、オーストリアと国境を接するドイツのバイエルン州は「国境の再開は時期尚早だ」として、隣国オーストリア側の申し出には消極的だ。

クルツ政権は迅速な国境閉鎖や外出自粛などを打ち出し、欧州では感染防止で模範国に挙げられているが、閉鎖した国境をいつオープンするか、経済活動をいつから認めるかなどの厄介な課題に直面している。「閉鎖する」より、それを「再開する」ほうが数段、難しいことを33歳のクルツ首相は今、実感していることだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。