国境「閉鎖」と「再開」どちらが難しい?

長谷川 良

ドイツのホルスト・ゼーホーファー内相は4日、今月中旬までは出入国制限を続ける方針を明らかにした。隣国チェコは6月までに国境を解放したい意向を表明している。当方が住むオーストリアでは今月末をめどに対ドイツ、対チェコの出入国制限の緩和を模索している。

▲新型コロナ対策に奮闘中のクルツ首相(2020年5月4日、首相府公式サイドから)

中国湖北省武漢市から発生した新型コロナウイルスの感染が欧州全土に広がり、欧州各国は3月に入り、出入国を制限する一方、国民に対しては外出自粛(禁止)、経済活動の縮小、社会・文化、スポーツのイベントの開催中止など規制措置を実施してきた。5月に入ると規制緩和に乗り出す国が増えてきた。感染の拡大が一応抑えられたという判断(感染者数のピークアウト)と、経済活動を停止した結果、国民経済は停滞し、失業者が急増してきたため、厳格な規制継続をこれ以上続けられなくなってきたという経済的理由が大きい。

外出自粛の緩和、営業活動の再開でショッピングモールなどを再開した国が増えてきたが、出入国制限を緩和し、国境を完全に再開する国はまだ出ていない。出入国の際、体温検査、健康証明書の提示、2週間の隔離といった措置が強いられる現状では、一般の外国人旅行者の訪問は途絶えてしまう。

欧州連合(EU)は域内の自由な人、もの、資本の移動を明記したシェンゲン協定を締結し、欧州の統合実現を目指してきた。それが過去、2つの大きな挑戦を受けてきた。一つは2015年夏以降の中東・北アフリカから100万人を超える大量の難民殺到だ。欧州はバルカン・ルートから入国するイスラム系難民の殺到に大慌てとなり、国内では民族主義的政党が台頭し、自国ファーストが国民の心を捉えていった。同時に、シェンゲン協定は暫定的に失効する国が増え、バルカン諸国に接するオーストリアで、クルツ政権はいち早く国境を一部閉鎖、出入国の制限を実施、他の欧州諸国もそれに倣って国境を閉鎖する国が出てきた。

難民が最も多く殺到したドイツではメルケル首相が“難民ウエルカム”政策を実施し、国境の閉鎖には強く反対してきたが、ドイツ国内で反難民、外国人排斥運動が高まったこともあって、バイエルン州は国境を閉鎖せざるを得なくなった経緯がある。その後もイタリアにはリビアから、ギリシャにはトルコ経由でシリア難民が殺到してきた。

EUが難民収容問題で苦戦している最中、2020年に入ると今度は中国発新型ウイルスが欧州に侵入し、イタリアを皮切りに、スペイン、フランス、そして英国では大量の感染者、死者が出てきている。新型コロナの感染がパンデミックと宣言され、欧州各国も国境を閉鎖。中国ウイルスの大感染地となったイタリア北部ロンバルディア州に接するオーストリアはチロル州とイタリア間の国境を即閉鎖する処置をとった。

興味深い事実は、東西欧州が民主国陣営と共産圏陣営が激しく対立していた冷戦時代、200万人以上の旧ソ連・東欧諸国からの政治亡命者を受け入れ、「難民収容国家」と呼ばれたオーストリアが2015年の難民殺到時、20年の新型コロナ感染拡大時に、欧州で先駆けて国境を閉じた国、という余り好ましくない評価を受ける結果となったことだ。

観光立国のオーストリアは外国からの観光客が最大の収入源だ。ウィーンは観光都市であり、同時に、欧州一の国際会議開催地だ。医学界の総会などが毎年開催されてきた。ウィーンには30を超える国際機関の本部、事務局がある。しかし、あれもこれも、新型コロナで全てダメになった。

クルツ政権は380億ユーロ(約4兆4000億円)の経済支援対策を投入し、「失業者が減るためなら、巨額の赤字をも受け入れる」と発言したクライスキー社会党政権(1970~83年)時代を彷彿させる政策を実施しているが、国民経済の回復には国境閉鎖を解除し、観光業を軌道に乗せる以外にない。そのためには、新型コロナ対策で成果のある模範国との間で出入国制限を解除する必要があるわけだ。

旅行好きなドイツ人の旅行者がウィーン市内に溢れることを期待し、オーストリアのエリーザべト・ケスティンガ―観光相はドイツとの間で出入国制限の緩和を打診中だが、メルケル首相は早期の出入国制限の解除には慎重な姿勢を崩していない。

クルツ首相は国民に対しては、「今年の夏のバケーションは国内旅行を」と異例の要請。ザルツブルク州のホテルでは、「外国旅行者のカムバックはまだ期待できないが、国内旅行者が増えてきた。この夏の予約は80%、埋まった」(オーストリア国営放送)という声が聞かれ出したところだ。

クルツ首相は先月28日、韓国の文在寅大統領と電話会談し、そこで韓国政府の新型コロナ対策を高く評価したうえで、「新型コロナウイルスの対応で模範国である韓国との航空直行便の運航を再開する措置を取る」と伝えたという(韓国聯合ニュース)。

クルツ首相が安倍晋三首相に電話して、日本との航空直行便運航の再開を打診したという話はまだ伝わってこない。33歳の若い首相はこれまで国境の閉鎖など危機管理能力を発揮し、欧州政界でそれなりに評価されるようになったが、今はその閉鎖した国境の再開に奮闘中というわけだ。国境の「閉鎖」とその「再開」ではどちらが難しいか、機会があればクルツ首相に直接聞いてみたいものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。