監査役は、株主総会を切り抜けられるのか?6月定時総会完全延期のススメ

政府による緊急事態宣言が5月末まで延長されました。3月決算の上場会社の決算発表も延期されるところが多いようですが、大都市部で「原則在宅勤務、8割接触制限」の要請が続くとなりますと、連休明け、いよいよ6月の定時株主総会をどう開催すべきか、各上場会社にとって本格的に検討することになります(5月中旬から下旬に決算承認取締役会が開催されるため)。

(写真AC:編集部)

ここ1か月ほど、当ブログで自説を述べ続けているせいか、経理担当者、監査役さん、会計士さん、経営者の方々から、さまざまな情報をいただきました。例年どおり5月中旬には決算承認の取締役会を開催できますよ、といった意見もいただきますが、やはり会計監査人から「総会は延期してください」と報告を受けた会社もあるようです。例年、会計監査を担当されている公認会計士の方々はGWも関係なく大忙しですが、今年はそんなわけにもいかなかった方が多いように思います。

さて、前回(4月30日)のエントリーに対して、上場会社の常勤監査役さん(と思われる)「ふうさん」から、以下のようなご質問をいただきました。

初めて投稿させて頂きます。先生の「それでも6月定時株主総会は完全延期すべきである」を興味深く読ませて頂いています。もし経営側が継続会方式を選択し、6月総会では計算書類を提供なしで、配当と役員選任議案につき議案とする場合、通常の総会のように冒頭に常勤監査役が監査報告を読み上げることは無理としても、「会社法第384条に関して調査した結果、取締役が株主総会に提出する議案等には問題がなかった」と監査役が例年発言している件は、如何様に考えればよろしいのでしょうか?監査役会にて議論した結果になるでしょうが、先生が述べられておられるように、後で法的な問題が出て来る可能性があるのなら、上述の発言にはネガティブな対応にならざるを得ません。監査役の対応につき、ご教授頂けますと幸甚です。

ご質問ありがとうございます。そうなんですよね。経営財務のご論稿はいつも楽しみに拝読しております野村総研上級研究員の三井千絵氏のブログ(4月29日付)でも、継続会方式(二段階方式の総会開催)による6月総会では、長年常勤監査役として勤務されていた方が(今期で退任する場合)、監査報告もせずに会社を去っていく事態になることを危惧しておられます。

会社法上、監査役さんには定時株主総会への出席義務はありませんが、どこの上場会社でも「監査の結果、とくに株主の皆様にご報告すべき事項はありませんでした」と、常勤監査役が報告を行うのが慣行(通例?)となっておりますので、寂しい退任になるのかもしれません。もちろん7月~9月にかけて継続会が開催されるのであれば、(法律上は)継続会終了時まで務めるべきですが、実質的には新しい監査役さんがすでに活動している状況にあると思われます。

「そうか・・・、じゃあ継続会方式だと出番はないか」と落胆(安堵?)されている常勤監査役・監査等委員さんもいらっしゃるかもしれません。しかし、それはちょっと楽観的ではないでしょうか。

上記「ふうさん」がご指摘のとおり、監査未了のために継続会方式で(ともかく)6月総会を実施するのであれば、常勤監査役さんだけでなく、社外監査役、取締役監査等を含めて、監査役(監査等委員会)には「議案、紙の監査」(会社法384条)が待ち構えており、「特に問題ありませんでした」では済まないものと考えております。なぜなら、継続会方式で開催する6月総会は「計算書類が出ない、事業報告もない」「だけど議決権行使を株主の皆様にしていただく」という「会社法上の大問題」があることを前提に開催されるからです。

ちなみに会社法384条というのは

監査役は、取締役が株主総会に提出しようとする議案、書類その他法務省令で定めるものを調査しなければならない。 この場合において、法令若しくは定款に違反し、又は著しく不当な事項があると認めるときは、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない。

と定めるところでして、監査役監査は「取締役の職務執行の適法性を監視・検証すること」が中心(つまり「人の監査」)ですが、株主総会に提出する会社上程議案について、株主に説明するための書類があれば、これを調査する(つまり「議案、紙の監査」)必要があります。例年の株主総会では、計算書類には会計監査人の適正意見が付され、事業報告には監査役自ら適性意見を出しますので、そもそも「問題はないだろう」と推定されます。したがって「議案、紙の監査」については、あまり問題にはなりません。

しかし今年は、(7月~9月ころに継続会を開催することを前提に)6月の時点でとりあえず総会を開催するのであれば、計算書類や事業報告が出されない状況で役員選任や剰余金処分、報酬議案等が決議されるわけですから、「問題がないこと」は事実上推定されません。したがって、監査役・監査等委員は「問題がないこと」を調査義務を尽くしたうえで積極的に説明する立場にあります。「なぜ計算書類や事業報告が出ていないのに、議案に賛否を表明しなければならないのか?これに代わる書類については真正であることはだれが責任を持つのか」といった素朴な質問が株主から出されることが想定されます。

なかには「あなたの監査報告もないのに『重要議案の決議』が行われるということについて、あなたは違和感はないのか?監査役って、この会社ではその程度のものなのか?」「計算書類の監査結果も出ていないのに、どうして会計監査人の再任を決めたのか?本当に会計監査人の監督は行っているのか?」と質問を受けることも考えられます。

しかしそれ以前に、私は監査役・監査等委員が積極的に「これだけの書類が出ていますが、書類内容に虚偽はありません。我々は年間を通じて会計監査人とこれだけの作業をしてきました。会計監査人にも確認し、監査に代わるだけの意見は出せる状況です」と(質問がなくても)具体的かつ懇切丁寧に説明しなければならないと考えています。そして、その説明内容は、個々の上場会社ごとに異なるわけですから、日本監査役協会の「ひな型」を頼るようなことでは到底株主を説得できないと考えます。監査役・監査等委員会は、会計監査人を監督する立場にあるわけですから、当然のことながら会計監査人と協議のうえ、会社法384条に基づく調査結果の報告を行う必要があります。

考えてもみてください。機関投資家のバックにはアセットオーナーがいます。株主は、背後のアセットオーナーに議決権行使の理由を説明しなければなりません。生半可な理由で役員選任や剰余金処分、報酬議案に賛成することはできないのです。だからこそ、きちんとした監査役、監査等委員会からの説明を渇望するわけでして、どこかから引っ張ってきた「ひな型」でお茶を濁すような状況では納得できないのです。

以上申し上げたところから、継続会方式を採用する上場会社であれば、計算書類や事業報告がないにもかかわらず、第三四半期の開示内容や現状で作成されている決算関係書類等から、書類は真正なものであり、また議案の賛否を判断するにあたっては(書類については)充分であることを監査役さんが説明する必要があると考えます(以上が「ふうさん」のご質問への回答となります)。もちろん「問題なし」ということであれば、(株主総会参考資料にその旨を記載したうえで)監査役さんは欠席しても違法ではありませんが、今回の総会では事前質問だけでなく、当日の質問も当然予想されますので、出席しておかないと説明義務違反となるおそれがあります。

ちなみに、書類の中身が虚偽であるかどうか、といった「議案、書類の内容の適法性」だけでなく、議案審議にとって当該書類だけで十分かどうか、といった「議案審議のプロセスの適法性」についても監査役・取締役監査等委員の方々には調査義務があります。なぜなら、監査役・監査等委員には、監査役(監査等委員)の監査に付随する義務として「株主総会が適法に開催・運営されているかどうかを審査する義務」が認められるからです(根拠については、会社法384条だけでなく、会社法831条1項により、監査役・監査等委員には「株主総会の決議取消」の提訴権が認められているからです。なお、会社法コンメンタール8 411頁 吉本先生のご解説参照)。

つまり、株主総会の決議取消の原因となる事由については、監査役・監査等委員は未然に防止もしくは排除する義務がありますので、会計監査人との十分な協議のもとで、計算書類や事業報告に代わる書類だけで議案を審議してよいのかどうか、書類の虚偽性だけでなく十分性についてもきちんと説明しなければならないと考えられます。

逆の立場から申し上げますと、上場会社の社長さんや、社外取締役の方々からすれば「ほんとにこの書類だけで、役員選任や配当議案を通して後で問題にならないのか?」といった不安がよぎったとしても、会社法384条によって「監査役・監査等委員の方々からお墨付きをもらった」から免責される、と素直に考えるのではないでしょうか。とりわけ社外監査役に専門職が就任しているケースなどでは「弁護士や公認会計士の方々が議案を審議することに問題ない、とおっしゃっているのだから、堂々と継続会をやりましょう(後で問題が生じても、我々は過失はなかったと言えるのだから)」と決意できる安心材料となるはずです。

さて、そうなりますと監査役・監査等委員としては、どうしても会計監査人に頼るところが大きくなります。監査役や監査等委員会は、会社法上の計算書類については、会計監査人の監査の方法と結果の相当性についての最終判断を行う立場にありますから、会計監査人の意見を聞いたうえで問題なしと判断しました、と回答することになるでしょう。そうしますと、「監査責任」に準ずる形で、会計監査人もなんらかのリーガルリスクを負担する可能性が生じることになりそうです(監査役・監査等委員の方々も「会計監査人のお墨付きをもらったから」と抗弁して免責されたいですよね)。

上場会社の場合、2021年3月期からはKAM(監査上の主要な検討事項)の強制開示が施行され、監査役会・監査等委員会の活動状況も詳しく開示されます。なにか問題があれば、後日、開示情報をもとに「経営者の見積に問題があった、引当に問題があった、5年前から不正会計の予兆があった」と株主から指摘を受けることも増えるものと思います。このような状況は、おそらく今年限りのものだとは思いますが、誰かがイレギュラーな株主総会の「貧乏くじ」を引かないといけない事態だけは回避すべきと考えます。

5月1日付の東証「2020年3月期の定時株主総会の動向」によりますと、3月決算会社の15パーセントほどが「継続会」を検討している、と回答されています(私の周囲を見渡した「肌感覚」からすれば、3割程度は「継続会」を真剣に検討しておられるように思います)。私としては、従来から「6月総会は完全延期(7月~9月に計算書類も事業報告も出されたのちに開催)すべき」と申し上げておりますが、もし継続会方式で開催するとなれば、上記のような点に配慮したうえで開催すべきと考えます。また、冒頭にご紹介した三井千絵氏のブログによれば、4月22日の時点でISSの「コロナ禍における定時株主総会の開催に関する意見」が出され、(完全延期の選択肢がある中での)継続会方式には消極的な意見が示されているようなので、そのあたりにも配慮していただければと思います。

継続会方式を採用する場合に、3月に改定されたスチュワードシップ・コードとの関係でも問題となります(継続会方式だと、6月総会は9月まで継続することになるわけですが、それまでに各機関投資家が新しいコードへの順守を宣言した場合、6月に議決権行使を行った機関投資家は、当該議決権行使の理由の開示も(新しいコードに基いて)要請されるのでしょうかね?そうなると、やっぱりかなりやばい状況になりそうな気がしますが)。ここはもう少し検討してみたいと思います。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年5月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。