緊急事態宣言が39県で解除されることになった。国際的にも目を見張る新規感染者数の減少を果たしたからだ。通常であれば、これまでの「日本モデル」の成果が確認されてしかるべきところである。
ところが、「別の動き」が、注目を集めてしまっている。新たに「経済学者」として諮問委員会に加わることになった小林慶一郎氏が、初回の諮問委員会で、「検査体制を拡充するよう主張した」ことを明らかにしたからである。
なぜ「経済学者」が、自分の役割とは無関係な、テレビのワイドショーのレベルの話の実現に強い意欲を見せるのか?
小林氏は、「一日500万件の大量のPCR検査を行い、濃厚接触者を追跡し、陽性者を確実に隔離すること」の実現に意欲を示している。
参照:医療のためだけではなく、社会の不安を取り除くための「検査と追跡と隔離」(キャノングローバル戦略研究所 小林氏寄稿)
小林氏自身、この計画を、「非現実的な夢物語」と描写する。しかし、言う。「医療界以外の『人、もの、カネ』を総動員して半年ほどの時間をかければ」、「国内だけでなく、検査システムを拡充して新型コロナ感染症の封じ込めに現時点で成功している諸外国との協力(技術提携や検査のアウトソーシングなど)」すれば、相当に可能になるのではないか、などと言っている。
どういうことなのか?イギリスの渋谷健司氏に巨大契約「アウトソーシング」でも計画しているのだろうか?実際、小林氏は、あの渋谷健司氏と名前を並べて、54兆円全国民PCR検査を推進している人物である(参照拙稿「渋谷健司氏が賛同する54兆円全国民PCR検査に反対する」)。
国民を完全に安心させる検査の実施など、世界のどの国も実現できていない。過去の歴史にさかのぼって、そのような感染症検査体制が実現した事例などない。「経済学者」が「やれ」と言えば簡単に実現できるような話ではない。このような空想的な検査の効果は、本当に「夢物語」でしかない。
そもそも安倍首相も、尾身諮問委員会会長も、5月14日の会見で、ワクチン開発まで続く「長期戦」に備えた行動をとらなければならないことを、丁寧に説明したばかりである。
ところが小林氏は、これらの政府・本当の専門家の方針を、真っ向から否定し、「検査すれば安心になるんだから、首相や会長が言っている「長期戦」なんて話は、検査で終わりにしよう」といったことを、「経済学者」の肩書で、主張しているわけである。
WHO(世界保健機関)の緊急事態対応を統括者のマイケル・ライアン氏は、新型コロナウイルスは「決して消滅しない可能性がある」とした上で「新型コロナは長期的な問題に発展する」可能性を語った。
WHO、新型コロナ「消滅しない可能性」 終息に長い道のり(ロイター)
その直後に、小林氏は「検査すれば安心になるんだから、WHOが言っている「長期的な問題」なんて話は、検査で終わりにしよう」、といったことを、「経済学者」の肩書で、主張しているわけである。
小林氏は言う。
10万人の雇用を作って検査、看護(できれば介護も)体制の拡充をはかる。そうすれば100兆円の損害を2兆円で済ませることができる。
やれやれ、「42万人死ぬ」の次は、「100兆円の損害が出ている」なのか?新しい空中戦の始まりのようだ。
雇用拡大のために検査関係の職員を増やすという発想も、何やら新手の巨大プロジェクトを推進する開発事業者のようである。
検査は、戦略的に行うべきだ。もちろん必要な人々に十分に検査を施すことは大切だろう。しかし、ただやたらと数だけ増やせばいいというものではない。たとえば、人の移動を回復させるための空港等における検査体制の充実などが、政策的には重要であるはずだ。
緊急事態宣言が「画期的成果」を出した今、これからの政策の話をしよう(現代ビジネス拙稿)
ところが小林氏は、まず「100兆円の損失が出る」と脅かす。そして、WHOや首相や尾身諮問委員会会長の「長期戦」への備えの呼びかけを真っ向から否定し、数兆円を投入して検査職員を大量に作って雇用を拡大させ、さらに外国にアウトソーシングするお金も使って、安心を得よう、などと呼びかけ、「国民運動」を提唱する。
小林氏は、筋金入りの増税派として知られ、頻繁に「消費税30%」以上にする必要性を語っている。
消費税率50%超が要求される日本財政「不愉快な算術」(nippon.com 小林氏寄稿)
その大増税派の小林氏が、コロナ危機を契機にして、数(十)兆円の巨大事業の導入を、政府資金で行うことを主張しているのである。この様子を見て、ネットで多くの人々が、新型コロナの「諮問委員会」を通じて、小林氏が増税の実現を企むのではないか、と騒然としているのも無理はない。(参照:ツイッターまとめ)
これまで日本の新型コロナ対策は、熟慮ある尾身茂・専門家会議副座長・諮問委員会会長の指導を基本として、成果を挙げてきた。
その尾身会長が、経済学者の参加を望んだのは、医療面での対策の経済効果を政府に専門的に助言してもらうためだ。効果の怪しい巨額事業の導入を主張し、増税をめぐる論争を諮問委員会に持ち込んでもらうためではない。
新しい委員は、自説を主張する場として諮問委員会を使うのではなく、尾身会長を助けるために諮問委員会に入るべきだ。
「経済学者」として諮問委員会に入った人物は、医学専門家の助言の経済的意味を政府に助言することに専心してほしい。関係のない政策的願望を実現するために諮問委員会の場を利用しようとするのは控えるべきだ。