伊藤忠商事の定時株主「出席自粛要請・役員のみ開催」総会に関する素朴な疑問

5月11日の日経新聞では「経産省が株主の来場を禁止する株主総会を容認?」といった記事が掲載されましたが、5月15日、伊藤忠商事は6月の定時株主総会を株主の出席を控えることを要請して「役員のみで」開催する旨をリリースしています。伊藤忠さんとしては、経産省がQ&Aで「株主出席禁止総会もOK」なる指針に対応したものであり、株主の健康に最大限配慮した結果であると思いますので、とくに批判されるものではありません。

※ これは「出席禁止」ではない。お願いレベルであって、株主への出席自粛要請のレベルだとのご意見をいただきました。「禁止」という言葉は言い過ぎ、とのことなので、少し言葉を改めました(18日更新)。ただ、どう読んでも「事実上の出席禁止要請」としか読めませんので、以下の記述はそのままといたします(もし、この招集通知の表現で、問い合わせをされた株主に対して「出席したいと思えば可能です」というのであれば、こんどは株主平等原則違反のおそれが生じると思われます)。

ただ、私個人としては、やはり「株主を一切出席させない総会」にはリーガルリスクのうえで素朴な疑問が湧いてまいります。7月以降に延期すればノーマルに開催できるにもかかわらず、なぜ無理をしてまで6月に開催しなければならないのか。私自身も合理的な理由を知りたいのですが、どうも見つかりません。

(伊藤忠商事株式会社HPから:編集部)

経産省がQ&Aとして出席禁止総会も可能としていることへの違和感は、すでに5月12日のこちらのエントリーで述べたとおりであり、ここでは繰り返しません。ただ、今回は伊藤忠さんのリリースが出ましたので、伊藤忠さんのケースを前提に素朴な疑問を3つ書いておきたいと思います。

まずひとつめは会社法310条との関係です。株主の総会への(現実の)出席を禁止するとなると、株主は代理人をたてて(つまり他の株主さんに委任状を渡して)出席することはできないのでしょうか。伊藤忠さんは定款18条では株主への委任状交付による議決権の代理行使を認めていますが、このような出席禁止総会の開催は、会社法310条、定款18条違反にならないのか、という疑問です。

議決権の代理行使を認めるにあたっても、代理人が前日までに書面行使すればよいのではないか、という意見もあるかもしれませんが、次の二つ目の理由で述べるとおり、総会当日に委任状を株主が持参して議決権を行使することには独自の意味があると思います。

ふたつめは会社法304条との関係です。株主には議案提案権が保障されていますが、会社側が上程する議案に対する株主提案(具体的には当日の動議)がなぜ保障されないのか、という問題です。たとえば昨年まで株主総会の在り方が裁判で争われていたアドバネクス事件では、委任状を持参した株主の総会当日における動議が問題になりました。つまり、(代理人による当日出席による議決権行使、株主提案権の当日行使ともに)前日までに会社側が集計できる票読みでは判明しないような株主の動きによって経営支配権に変動を来す可能性もあるわけです。

たしかに、伊藤忠さんの会社規模からみて「経営支配権の変動の可能性」など、(アドバネクスのケースとは異なり)現実味がありません。しかし、伊藤忠さんもコンプライしているガバナンス・コード補充原則1-1➀によって、もはや株主総会は議案の賛否だけを判断する場ではなく、どれだけの反対票が集まったかといったことを判断する場(経営評価の場)に変わっています。これは武田薬品工業さんが、株主提案によるクローバック条項の導入を否決したにもかかわらず、株主提案に一定数の賛成票が集まったことを重視して後日、導入を決めた事案などからも説明可能です。こういったことを考慮しますと、やはりコロナ禍における総会でも株主提案権を保障すべきではないか、といった疑問です。

そして最後に会社法319条との関係です。株式会社では、実際に株主総会を開催しなくても、取締役会で決定した議案を株主に送付して、すべての株主が会社議案に賛成の意思を表明していれば、株主総会における決議があったものと「みなす」という規定です。つまり株主に対して「書面決議」を行うことについてあらかじめ同意を得ていなくても、事実上の書面決議が認められるからこそ「総会での決議があったものと」みなすわけです。

どうして書面による(株主間での)持ち回り決議をもって「総会が開催されたものとみなすのか」という趣旨ですが、それは全株主の会社議案に対する書面による賛成があるならば、会社運営の効率性の見地からは(たとえ株主が「書面決議はけしからん」と主張しても)会議体としての株主総会を省略してもよい、という判断です(前も申し上げましたが、株式会社法は、株主の権利の制限根拠として、全体の運営における効率性はかなり重視されています)。逆にいうと、全株主の会社議案に対する賛成が期待できない場合には、会議体としての株主総会は省略できないわけです。

伊藤忠さんの事例でいえば、あらかじめ会社議案に反対票を投じる株主さんも(少数かもしれませんが)いらっしゃるので、当然のことながら会議体としての株主総会を開催する必要があります。では、この「会議体」が現実の株主出席を禁じるものでもよいのか、という疑問です。いままで説明した319条の趣旨からすると、事前に書面もしくはインターネットで議決権を行使した株主が定足数のうえで出席株主として扱われるからよいのではないか、という理屈は成り立たないと思うのです(事前の書面行使、インターネット行使の有無は「会議体」が必要かどうか、という法律要件の問題であり、「会議体」といえるかどうか、という判断の要件にはなりえない)。

私は6月総会は完全延期すべき、との意見です。会計監査、監査役監査への十分な資源の確保、株主の安全を確保したうえでの総会出席の必要性、機関投資家の要請(具体的には国際コーポレートガバナンスネットワークの4月23日付け書簡)、法務省、金融庁、経産省による指針の公表、国税庁の指針等、7月以降に総会を延期することの障碍は取り除かれました。

それでも6月総会を実施することが経営判断として必要であるならば、簡素化したうえでの6月総会もやむをえないのかもしれません。しかし、簡素化にも限度があると考えます。株主への当日出席自粛を要請するところまではわかりますが、どうしても出席禁止とインターネット参加の省略はリスクが高い。コロナ禍において、6月しか総会を実施できないという事情があれば別ですが、7月以降に延期するという選択肢がある以上、その選択肢を無視してまで株主締め出し総会を実施することについては、「例外的な措置をとることを正当化するやむをえない理由」が見当たらないと考えます。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。