なぜ人は山を登るのか、そこに山があるからだ、という問答は良く知られているが、それでは「なぜ夏になると、欧州の人々は旅に出かけるのか」。欧州では通常の場合、3週間から5週間余りの有給休暇が保証されているから、時間と金があれば旅行カバンを出して荷物を急いで積んで旅に出かけようとするからだ。
しかし、今年の夏は「第2次世界大戦後、最大の人類への挑戦」といわれる中国発新型コロナウイルスが欧州を席巻し、多くの犠牲者が出たことを受け、欧州諸国は新型コロナ感染防止のため国境を閉鎖、あるいは制限し、国民には外国への渡航を見直すように要請したため、多くの欧州人の夏季休暇プランはおじゃんになるか、延期せざるを得なくなってきた。
それでも初夏の香りを感じる5月に入ると、欧州国民の心は落ち着きがなくなる。外出禁止、マスク着用などの感染防止を国民に呼びかけてきた政治家も国民の動揺が伝わってくるから、この夏の休暇プランを少しでも救おうという動きを見せてきた。具体的には、3月ごろから施行してきた外出制限、渡航制限などの解除だ。幸い、各国の感染者データを見る限り、新型コロナ感染時期のピークは過ぎたと受け取られ出した。
観光業界を救済するか否かは欧州諸国、特に、ギリシャ、スペイン、クロアチア、フランス、イタリア、オーストリアなど観光国にとっては死活問題だ。数百万人の雇用の行方がかかっているからだ(「新型コロナが破壊する『観光』」2020年4月24日参考)。
そこで欧州連合(EU)の観光相ビデオ会議が20日、開催された。議長国クロアチアのガリ・カぺリ観光相によると、新型コロナの感染状況は加盟国で相違があるため、EU統一の域内境界線の制限解除を決めることは難しい。そのため、コロナ対策で同程度の成果がある国同士の2カ国間での国境制限の解除を進めることで、ホテル業界、観光業界の救済に乗り出すことになった。
欧州では、ひと、もの、カネの自由な移動が保障されたシェンゲン協定は2015年の中東・北アフリカからの大量難民の殺到を受けて、多くの欧州諸国が国境を閉鎖、ないしは制限したため、協定は一時停止される状況が生まれた。そして今年、新型コロナの感染防止のために国境閉鎖、制限が行われてきた。EUでは感染防止で同じ程度の成果がある加盟国同士で国境制限を緩和させる方向になったわけだ。従来のシェンゲン協定ではなく、ミニ・シェンゲン協定、ないしは「コロナ・シェンゲン協定」とメディアでは呼ばれている。
欧州の観光国ギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相は20日、夏バケーション・シーズンのオープンを宣言し、来月16日からホテル業務を再開し、国際線飛行は7月1日から段階的に再開すると表明。欧州の新型コロナ感染で多くの犠牲者を出したイタリアも6月3日から旅行者を受け入れ、空港業務を再開するという。
オーストリアは6月15日からドイツ、スイス、リヒテンシュタインとの間の国境制限を解除し、両国間の旅行者の行き来を再開する予定だ。オーストリアはチェコ、スロバキア、ハンガリーとも同じ合意を目指している。オランダは7月1日からキャンプ場の再開、欧州諸国の中でも旅行が最も好きな国民といわれているドイツでは、6月中旬には国民に通達してきた一般的外国渡航警告を解除し、渡航先ごとに制限を解除していく計画だ。興味深い試みとしては、スロバニアは国民に200ユーロの商品券(未成年者には50ユーロ)を与え、海外旅行ではなく、国内旅行を奨励している。
オーストリア日刊紙クローネ(5月20日)によると、同国のシャレンベルク外相は「国境解除は慎重に、段階的に進めていかなければならない」と強調、国境制限を解除するための基本ルールとして、「国民の健康、安全を最優先し、そして自由な移動を保証する」の3点を挙げている。同外相は「明らかな点は今夏の旅行は昨年のそれとは違うということだ」と説明することを忘れていない。
例えば、オーストリアはクロアチアとの国境制限解除には慎重だ。なぜならば、クロアチアがイタリアとの国境制限を解除する予定のため、クロアチアに旅行したオーストリア旅行者がイタリアからの旅行者と接触することを通じて、新型コロナの感染の恐れが出てくるからだ。
ドイツのハイコ・マース外相は、「われわれは観光業の再開で欧州各国と競争する考えはない」と述べ、各国間の国境制限の解除問題でも透明性と新型コロナの感染状況を考慮した上で慎重に実施しなければならないと釘を刺している。
なお、EU域内市場担当のティエリー・ブルトン委員は、「欧州経済にとって観光業は全体の10%を占める重要なブランチだ。その業界には数百万人が働いている」と強調し、新型コロナで大ダメージを受けた観光業の回復を積極的に支援すると表明している。
欧州の人々が夏季休暇に拘る姿は多分、働き者の多い日本人には理解しにくいかもしれない。欧州人の多くは夏季休暇を楽しむために働いている。どのような理由があるとしても、その夏季休暇が実現されないとなれば、どうだろうか。“革命”とまではいわないが、大きな社会的動揺が生じるだろう。欧州の政治家が懸命に夏季休暇救済のために腐心するのはある意味で当然のことなのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。