歯科遠隔初診が本格始動しないうちに緊急事態が終わってしまう件

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歯科遠隔初診がうやむやになりつつあります。これは新型コロナウィルスに関する外出自粛と歯科受診抑制に伴い、歯科医療インフラを維持する手段として厚労省が歯科医師会に通達をだした制度です。

(参考)新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の 時限的・特例的な取扱いについて ― 厚生労働省(2020年4月10日)

(参考)歯科での遠隔診療、初診も解禁へ 厚労省方針 痛み止め処方など想定 ―毎日新聞(2020年4月23日)

しかし今後起こりうる感染拡大第二派などの懸念、未知の感染症の流行の可能性、動画通信技術の発達に伴う医療体制の見直しとして遠隔医療の議論は停滞させてはならないのではないでしょうか。

「新型コロナウィルス感染症に伴う医療保険制度の対応」ではなかったのか

振り返ると4月上旬、新型コロナウィルスの感染拡大によって病院・歯科医院の受診抑制が始まると、世論は動画通信を用いたオンライン医療などについて盛り上がりました。そんな中で公表された上記通達は、満を持してという形で歯科医師たちに受け止められました。

しかし通達の2週間後に行われた中央社会保険医療協議会(中医協)にて歯科遠隔初診は電話診療へと矮小化され、処方箋薬局を患者と相談して予め決めなければならない等、手続き上過剰に煩雑なものとなり、その関心は薄れていきました。

(参考)中央社会保険医療協議会 総会(第456回) ―厚労省(2020年4月24日)

4月下旬には各歯科医院に歯科医師会経由で、歯科遠隔初診に参加するかを問うFAXでのやりとりがありました。

その後現時点まで歯科遠隔初診に関する続報はなく、厚労省通達にて示された遠隔歯科診療参加歯科医院一覧公表は未だありません。クリニックで歯科遠隔初診の取り扱いが可能となっているかは、歯科医師会に電話で確認しなければわからない状態です。

このように歯科遠隔初診に関する動きは明らかにトーンダウンしており、むしろ各地域の歯科医師会からは歯科医院受診抑制の解除を求める動きのほうが活性化しています。

(参考)緊急性のない歯科治療の延期を促す厚生労働省事務連絡は撤回を ―兵庫保険医新聞(2020年5月15日)

緊急事態宣言解除へと世の中が向かう中、外出自粛体制時の医療インフラに関しての議論が低調となっていくのはやむを得ないことかもしれません。しかし感染症に対する対応が沈静化までに<b>十分に実行する体制が整わなかった</b>ことは遺憾です。

既に縛りの少ない自費治療の分野で、動画通信の活用が進んでいる

確かに歯科医師たちの中でも、歯科医療とは物理的に削ったり詰めたりする処置が中心となるので、遠隔医療が果たせる役割は少ないのではないかという声は大きいです。この点は私も基本的に同感です(関連拙稿:いますぐ実現可能な遠隔医療。患者相談サイトの経験から )。

しかしそれは現状の歯科医療の枠組み、あるいは保険算定基準のルールの中での発想であるからともいえます。規制緩和によって様々なアイデアが試され、結果として利便性が向上するのは普遍的なことと考えています。

実際に保険算定の基準に縛られず、ほぼ自費治療が中心である矯正歯科の分野では、初回相談や、処置を伴わない途中経過のチェック、あるいは治療終了後のメンテナンスなどに動画通信が活用されているという事例があります。

様々な理由から推奨できないのでリンクは張りませんが、全てオンライン上で歯列矯正を実施しようという野心的なサービスもネット上で見られます。

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既存の発想で制限するより、自由な発想の余地のある制度作りを

以下は個人的に考える動画通信による歯科初診の活用例です。

例えば子供の歯の生え変わりは、正常であっても不安なものです。大勢の小さな兄弟をかかえるワンオペお母さんが苦労をして来院するのを見るにつけ、このような部分で動画通信による初診が活用できる余地があるのではないかと考えてしまいます。

また高齢者に対しては訪問歯科という手段もありますが、実態としては体の不自由を抱えながらも苦労して来院する方や、別居する家族に送り迎えしてもらう方なども大勢おります。まずは動画通信による視診で判断の上で、訪問したほうが良いか、一定期間を区切って経過観察するか判断するという使い方もできるだろうと思います。

遠隔医療というのはロボットアームを遠隔操作する類の、先端技術による大仕掛けを想像するかもしれません。

しかし私の現場目線での所感では、ワンオペお母さん、休みなしの働き手、ちょっとした移動が億劫になる高齢者などに対し、気軽に医療にアクセスできる「ちょっとした利便性」の部分に発展の余地があると考えています。

私はこの部分について保険適応ではなく、自費診療として発展があってもいいのではないかと思っています。電子決算などの手段が整っていれば、一回のオンライン歯科診療は数千円程度で実施できると思います。あとは利用者がそれに価値を見出せるかで、市場が価格を決めていくでしょう。また一定のコストが利用者にかかるので、乱用(による医療財源の圧迫)は避けることができるし、従来の保険診療とのすみ分けも可能です。

一方でそれを阻むのは医師法・歯科医師法による「原則として直接の対面診療」です。最新の厚労省の見解においても歯切れが悪く、解釈が困難あるいはグレー部分が多いように見えます。

(参考)情報通信機器を用いた診療の経緯について ―厚生労働省(2018年2月8日)

中医協が遠隔初診の保険適用に躊躇するのは理解できます。そうであれば中医協・保険者が関与しない医師法・歯科医師法の部分で制度を明確化し、自費治療としてオンライン受診勧奨の部分を中心に発展させるのが良いのではないでしょうか。

まとめ:追認型の法整備ではなく、先行して市場の刺激を

これらの動画通信による遠隔医療が、一部では既になし崩し的に実現化されている中で、行政や業界団体としては後出しで追認する、あるいは取り締まるという形で良いのでしょうか。遵法意識の高い者だけが後れを取り、損をすることがないようにするため、また経済と産業の発展を促すために、技術の進歩を先取りした規制緩和を検討してほしいと思います。

また「終わったから元に戻せばいい」という考えだけでは、感染第二波や、いずれ来る未知の感染症など、今後起こりうる危機に対応できないのではないでしょうか。

現状のまま、新型コロナウィルスの沈静化と共に歯科遠隔初診・オンライン診療に関する話題が下火になってしまうのだとしたら、誠に残念なことです。