22日に北京で始まった全国人民代表大会(全人代)で、返還後50年間は「一国二制度」の下で「香港に高度な自治を与える」ことを謳った「香港基本法」を踏みにじり、香港を北京の意のままにする「国家安全法」が提案されたことが報じられた香港で24日、数千人規模の抗議デモがあった。
香港警察はデモ隊に催涙弾を浴びせ、百人以上が逮捕された。これまで抗議デモは逃亡犯引渡条例改正に伴う香港政庁に対するものだった。が、今回は初めて「Hong Kong Independence. the only way」なるスローガンが掲げられ 香港市民の中国に対する敵意が高まっている(参照:VOA)。
その日のうちにホワイトハウスのオブライエン国家安全保障顧問は、「国家安全保障法により、中国は基本的に香港を接収(take over)するだろう」、「ポンペオ国務長官は香港が高度な自治を維持していることを証明できず、その場合、香港と中国に制裁が科される」と述べた(参照:VOA)。
この発言は昨年11月に米国で成立した「香港人権・民主主義法案」を指す。同法は米国務省に、香港の高度な自治を保障した「一国二制度」の検証を義務づけ、結果次第では香港が受けている関税などの優遇措置を見直す内容。発動となれば香港は国際金融ハブの地位を失うだろう。
中国の王毅外相は24日、「中国には米国を変えようという意図はないし、米国に取って代わろうという意思もない。同時に、米国が中国を変えようと考えてもそれは希望的観測だ」とし、「国家安全法」導入について「香港は中国の内政問題だ」との立場を重ねて表明した。
中国はウイグル人権法などの米国の立法も内政干渉と非難する。が、非難は二つの意味で的外れだ。一つはこれらが米国の国内法であること。他国の国内法を云々すること自体が内政干渉だ。他は人権に関わる問題での他国への干渉は国際法上も許容され得る。他に人権を守る術がないからだ。
この「国防安全法」施行は8月と予想されている。9月に香港立法議員選挙を控えた香港の夏は、昨年以上に激しくヒートアップするだろう。国際社会は、中国のコロナ隠蔽の責任追及のみならず、全体主義・覇権主義にひた走るその横暴を牽制するトランプ政権を支持し、共に声を上げる必要がある。
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そこで中国が香港の教育の自由を侵した事件。それは14日に香港の中学生5,200人が受けた共通卒業試験の歴史問題の削除を、中国外交部が求めた事件だ。まず香港教育長官と親中派の一部政治家や教師が取り消しを主張し、それに外交部香港事務所がFacebookで呼応した。
中国国営新華社も15日、「試験問題が取り消されなければ、中国人の息子と娘の怒りは収まらないだろう」と書いてこれを後押しした。また香港の教育長官は「国防安全法」についても、「学生が本土でキャリアを伸ばすなら、理解すべき法律」であり「政治とは何の関係もない」と述べた(参照:SCMP)。
ではこの設問がどういう内容だったのか、またどんな仕組みで設問が作成されるかを見てみると、まず香港には、今回の試験のような公的試験を実施する香港試験評価局(HKEAA)がある。HKEAAは英国統治下の1977年に設立された、独立した自己資金で運営される歴史ある機関だ。
HKEAAには学科毎に試験問題と採点方式を作成するための、大学教授、中等学校教師、教科毎の専門家などから成る全学校共通試験委員会があり、作成された設問草案は、委員会メンバーによる様々な観点からの検討、議論、修正を経て仕上げられる。勿論、教育局はこれら一切に関与しない。
次に件の設問の中身だが、タイトルは「20世紀前半の中国と日本」。生徒は2つテキスト、すなわち1905年に梅謙次郎(1860年7月-1910年8月)が書いた文章と1912年に中国の革命家黄興(1874年-1916年)が井上薫に送った手紙の抜粋を読み、自分の知識を用いて回答する。
法学者で教育者だった梅の文章は、清朝の改革のための中国人留学生を迎える計画を説明したものであり、また孫文と並び称された黄が手紙で井上に求めたのは辛亥革命への経済援助だった。後者のテキストに添付された契約の抜粋には、三井合名による孫文政府への支援の約束が書かれている。
そして受験生は、「日本は1900年から1945年の間に中国に害を及ぼすよりむしろ良いことをしたということに、あなたは合意しますか?テキストを参照し、自分の知識を用いて説明しなさい」との設問に答える。この知識と読解と思考と記述とを見る設問に、筆者は思わず唸ってしまった。
この設問についてある香港人教師は、「一方的な答えを提示するだけでなく、テキストの偏見を指摘することも期待されるだろう」とし、「日本が犯した戦争犯罪を示していない歴史的資料の限界を指摘しなければ、受験生は高得点を獲得しないだろう」と述べている。
劉少奇を使嗾し、盧溝橋で日中両軍に対して発砲させた毛沢東が後年、中国に進出した日本が蒋介石の国民党を叩いてくれたお陰で共産党が躍進できた、と日本に感謝していたのは有名だから、日本は中国にとって良いことをした、ときっと書くだろう筆者は差し詰め赤点だ。
ならば「すべて害であって益はな」く「議論の余地はない」と述べた教育長官と、「設問には偏見があり、日本の中国の侵略の恐怖を無視した」、「日本人の中国侵略の間に大きな痛みに苦しんだ中国人の感情と尊厳を深刻に傷つける」偏った結論に導いたと削除を求めた中国は、両方とも零点に違いない。
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これに関連して香港では、中国外交部香港事務所がこの設問を非難するFacebookに引用した、別のFacebook投稿にある10年前の事件も話題だ。それは「日本の占領がなかったら、新しい中国はあっただろうか?自らの由来を忘れたか?」と題する投稿コメント。
その投稿者は、中国のある男性が日本の軍服で結婚式を挙げて逮捕された事件の報道に言及し、「1900〜1945年に日本は中国に害より良いことをしたか?香港の教育制度は‘論争もできない鶏小屋’にはなり得ない!」と書いた。
その「鶏小屋」とはキャリー・ラム長官が最近、香港の教育部門に修正が必要と発言した時に用いた語という。多くの香港人にとって「鶏小屋」は、中国からの裕福な新参者に住居価格を引き上げられて余儀なくされた、狭苦しい住環境とそこから抜け出ることも儘ならないことの象徴なのに。
初めて掲げられたスローガン「香港独立が唯一の道」に見るように、また李克強首相の22日の政府活動報告に、台湾の大陸委員会が「台湾を矮小化し、台湾海峡の現状を破壊する『一国二制度』を台湾人は断固拒否する」と反発したように、中国が強硬に出ればそれだけ香港や台湾の反発は強まる。
このような一連の強硬姿勢を中国共産党が取る背景には、武漢発のコロナ禍について世界が挙ってその責任に声を上げ始めていることへの恐怖心があるに違いない。国際社会は中国共産党と習近平の人権蹂躙を非難と、ウイグルチベットや香港や台湾への擁護を不断に強めるべきだ。