東京都港区長選はあす告示を迎えるが、5期目を目指す現職の武井雅昭氏圧勝の完全無風選挙かと思ったら、都知事選の前哨戦として“ホリエモン新党”の候補者が出るのを含め、気がつけば5人が争うという。
といっても、所詮にぎやかしに過ぎまい。現職の武井氏は、34人いる区議会議員のうち23人の推薦を取り付けているそうで、投票率も20%程度だろうから、組織票の相当数を固めている現職が圧倒的優位な情勢だ。
それにもかかわらず、今回の武井区長は異様に「事前運動」に力を入れているように見える。私は港区に住み始めてもう十数年になるが、こんなに「熱心」だったのは記憶にないといっても過言ではない。
港区ローカルの話だが、小池都知事を彷彿とさせる「手口」なので、皆さんもお住まいの市区町村でも、首長選挙が近づくと、現職がどういう動きをするか参考になればと思う。
イノベーティブなイメージと真逆の区政
その前に、港区というと、読者の皆さんはどういうイメージを思い浮かべるだろうか。地名でいえば、赤坂や六本木、建物でいえば東京タワーや六本木ヒルズといった「ザ都心」とでも言うべき、以下の画像のような光景を言う人が多いだろう。区の情報誌のアンケートでも「東京の真ん中で都会的」「外国人が多い」という回答が多数を占めている。
民放キー局も日テレ、TBS、CX、テレ朝、テレ東すべて区内に集結。雑誌でいえば、“東カレ”(東京カレンダー)が生み出した「港区おじさん」「港区女子」ワードがあって、IT起業家と女子アナ、スッチーが繰り広げる合コンと言う名の恋愛ゲームが夜な夜な展開されているような、きらびやかなイメージだろう。
実際、全国の区市町村の平均所得ランキングで港区はいつもダントツ。総務省の調査では昨年1200万円。改めて言うが、平均でだ。
そんな街だから、お膝元の区政や区議会もさぞ日本の地方政治をリードするイノベーティブな存在ではないか…と勘違いしそうだが、いやいやとんでもない。古い読者は、私が元議長とバトルになったことはご存知かもしれないが、6年前の区議会選挙が近くなったとき、しばしばマスコミに露出する若手区議たちに嫉妬したのか、当時の議長が全会派の議員に対してマスコミの取材を受けるのを報告させる(=事実上制限する)お達しを出すなど、いまどき、どこの田舎の村議会かと見紛うようなことをしている旧態依然とした体質が露呈した。
前区長の暴露ブログが物語る“村社会”
そのあたりのあらましはかつて東洋経済オンラインに書いたので、ご興味のある方はみていただきたいが、私のような部外者だけではなく、武井氏の前任の区長で1期だけ務めて、追われるように退任した原田敬美氏のブログにある数々の暴露記事がまたとても興味深い。
原田前区長は、米留学経験のある建築家で、区政の事情通によると、“都会の村社会”を体現する区政、区議会の体質とそりが合わなかったようだ。だからブログでも区政や区議会についてあれこれボロクソに書いてる内容は、割引いてみるべき部分もあるだろうが、ひとまず、いまの武井区長は“村社会”たる区の職員上がりだから無難に回してはきていた。自民、公明の国政与党だけではなく、野党の多くも自分たちの要望が通らない困るから、結局は区長にぶら下がっている。
区長選はやる前から大勢は決しているのが毎度のことなので、IT企業のイメージが強い区だというのに、区長はいまどきホームページを作ったこともなく、ネット選挙なんかやらなくてもベタばり地上戦で余裕しゃくしゃくの当選を重ねてきた。
アナログ区長が突然ツイッター開設!
ところが、そんなアナログ区長が4月と5月になって突然ツイッターを開設した。ホームページすら持ったことがないというのに。まず港区区長室(広報・報道)という名のアカウントだ。ここまでの1か月の発信の多くが、新型コロナウイルス関連。4月28日に出した最初のツイートは以下の動画で外出自粛を呼び掛けたものだ。
しかし、港区はもともと東日本大震災直後の9年前から、災害・緊急対策関連情報のツイッターアカウントをすでに開設しており、フォロワー数もすでに1万5000を有している。新型コロナに関する情報はこれを使えば十分ではないかと思えるのだが、災害・緊急以外の一般的な行政広報をしたいのであれば、大田区の大田区アカウントのように、どこの市区町村もやっているような「港区」とか「港区広報」というような組織アカウント名義で十分ではないのか。
それをわざわざ区長室名義にしている時点で、区長が自然と露出しやすい建て付けを巧妙にしているようにしか思えない。現職区長が危機対応に際してメディア露出するのは当然だが、選挙が近いと何かと憶測してしまう。実際、東京都でも小池知事は、すでに野党会派の都議会議員やマスコミにそのあたりの思惑を散々指摘されて久しい。一説には9億円の税金を投入していると指摘もある。
ただ、武井区長は、そうした批判を予期したのか、選挙戦で必要を感じたのか、5月に入って自らの個人名義のアカウントを開設。そして、選挙戦2日前になって待望の(?)ホームページを開設したことをお知らせしている。
アベノマスクの“25倍”!タケイノマスクも
しかし、私が驚いたのはネットだけではなかった。連休明け、我が家に見覚えのない宅配便が届いたかと思って、不審な白い箱をあけてみると、使い捨てマスク50枚がワンセット!マスク不足のおり、我が家のように0歳児を育てている家庭向けに一斉配布したというのだ。
国の配布分は、布製のアベノマスク1世帯2枚だったことを考えると、数だけは25倍。“タケイノマスク”のインパクトと子育て世帯へのアピールへの抜かりのなさに恐れ入った次第だった。もちろん、区長名の「お手紙」も漏らさず添えられている。まぁありがたく使わせていただきますが。
いやはや、これぞ現職が有権者に誇示するプレゼント…もといプレゼンス。公選法では告示前の事前運動や金品供与を禁じており、新人候補は活動が制限されている中で、今回のコロナのように、危機的な事態が起きたときの首長選では現職は「特権」を使い放題なのだということを身に染みて感じた。
区長が焦った背景にいる女性政治家
ちなみに、これまで選挙戦を流しても勝ち続けてきた武井区長がここまでアピールに躍起になった背景に何があるのだろうか。
実は今回出馬を噂された有力女性政治家がいたことが背景にあるとみていい。過去2回の区議選で、トップ当選した清家愛区議は区内のママたちから絶大な人気があり、もし彼女が出馬すれば武井区長にとっては、これまでにないピンチになったかもしれない。タケイノマスクで乳幼児世帯をターゲッティングしているあたりは、そのあたりの意識があったようにも思える。
しかし、蓋を開けてみれば、清家氏は、国政野党推薦で出るのではないかとも噂されたものの、複数の関係者によると、新型コロナウイルスの感染拡大で選挙運動が十分にできないこともあり、今回は出馬を見送ったようだ。4月の目黒区議選で同じく区議選でトップ当選していた女性区議が現職に敗れたことも影響しているのだろう。
清家氏が出ていれば政策論議も活性化し、選挙戦も伯仲して盛り上がっただろうが、有力な対抗馬の不在で、選挙戦も区民の関心も低調になりそうなことは返す返す残念だ。どちらにせよ、武井区長にとっては税金を使った合法的な事前運動に注力した割に、拍子抜けするような圧勝で終わりそうだ。
まあ、4年後の区長選はともかく、結局はまともな競合がいて競争原理が働かないと、国政も都政も区政もダメだということが改めてわかる一例だった。