本書は現役海上自衛官の著者が、自身の博士論文を加筆修正して一般向けに出版したものだ。防衛大学校に加え、米海軍兵学校を卒業した異色の経歴。著者が卒業した時点で、日本人卒業生は93年ぶりで8人目。日清戦争後初ということだった。米大統領選に挑んだ故ジョン・マケイン上院議員も同校卒業生であり、著者の大先輩にあたる。
近代軍事組織を論じるにあたり「戦場での勝利は、知的次元での勝利であり、平時の準備段階で『敵よりもより良く考えた』ということにほかならない」との一節は、本書を貫く著者の問題意識であろう。
本書では米軍、英軍、自衛隊を事例に、近代から現代までの軍事組織の変遷や将官教育のあり方について、知的活動の観点から詳細に比較研究する。そして、組織改革を推進する上で、各国共に必ずキーパーソンが重要な働きをしていることを、膨大な論文や軍事史を紐解きながら著者は立証している。
米海軍であれば、『海上権力史論』を著した高名な戦略家アルフレッド・マハンを見いだした米海軍大学校の創設者スティーブン・ルースが上げられる。日本では、山本権兵衛海軍大臣から高級士官の養成を託された坂本俊篤が、海軍大学校のカリキュラムを海軍戦略、戦術、軍政、国際法の重視へと転換した。
しかし、坂本は秋山真之を始めとした多くの優れた軍人を育成した反面、「優れた「個人知」を「組織知」に転化させることに限界があった」と著者が指摘する通り、日本海軍の近代化は米国海軍と比較すると、必ずしも満足いくものではなかった。このような軍隊が近代化していく過程で生じた差が、後年日米戦争の勝敗を決することになるわけだ。
一般向けに加筆修正したとは言っても、もともと博士論文として書かれた論文なので気軽な読み物ではない。しかも、4,000円(税別)と値段も決して安くない。
しかし、世界の軍隊を見渡すと、修士号以上を当然のごとく取得している将官がゴロゴロいる。本書の中で紹介された、トランプ米大統領に仕えたマクマスター元国家安全保障問題担当大統領補佐官も、軍事史の博士号保持者である。高学歴化する世界の軍隊の中で、我が国の現役自衛官も知的イノベーションの波に乗り遅れまいと奮闘している。
したがって、日々安全保障の任務に当たっている彼らの問題意識と研究成果を学ぶことは、安全保障に関心を持つ読者にとって非常に有益であることは間違いない。
小林 武史 国会議員秘書