関電金品受領問題 - 関電は現旧の監査役を提訴するのだろうか?

6月9日の朝日新聞朝刊(関西版)に、私のコメント付きで報じられておりましたが、関電の金品受領問題について、新旧取締役の責任の有無を判定する調査委員会の報告書がリリースされ、合計5名の取締役の方々に「善管注意義務違反あり」「取締役らの責任額は合計10億円以上」とする意見が述べられました。

(NHKニュースから:編集部)

この責任調査委員会報告書について拙ブログで詳細を述べることは控えますが、内容的にはとても秀逸であり、とりわけ関電取締役の「善管注意義務」の内容を4つの視点に分けて考察しているところは非常に説得的だと感じました。さらに、当該義務違反行為と相当因果関係が認められる責任額も(多い人で)10億円を超えるものとされており、この調査報告書を受けて、関電の監査役(会)が取締役らを提訴するかどうか、6月17日までに判断するそうで、今後注目されるところです。

ところで、今回の「取締役に対する責任調査委員会」は、昨年11月および今年3月に、一般株主から提訴請求がなされたことを受けて(監査役会が)設置したものと思われますが、一方において関電の取締役会は、監査役に対しても提訴請求がなされているにもかかわらず、「監査役に対する責任調査委員会」を設置していません(こちらは、提訴判断をするのは監査役会ではなく、取締役会です)。おそらく、取締役会において提訴すべきかどうか、内部で調査のうえ(提訴請求から60日以内に)判断するものと推測いたします。

会社が監査役の責任を追及するにあたり、オリンパス事件や東芝事件の頃からずっと疑問に思っているのですが、監査役の責任が追及される裁判において、監査役は過失相殺の抗弁を主張することはできるのでしょうかね?会社法に詳しい方がいらっしゃたらぜひ教えてほしいのですが。。。かつてナナボシ事件判決(会計監査人の監査見逃し責任が、ナナボシの再生債務者管財人から追及された事件-大阪地裁判決、大阪高裁で和解)では、会計監査人が過失相殺を主張して、会社側に7割の過失が認められました(つまり賠償額が7割減額されました)。

このナナボシ事件の大阪地裁判決からすると、会社が原告となって監査役を訴えるケースでは「会社の社長や専務が監査役に報告してこなかったのだから、たとえ私に落ち度があったとしても、会社の構造的な欠陥のほうが悪質だ」と主張して、責任額を争うことができるように思えます。しかし、会社の責任追及を代位して行う「株主代表訴訟」でも、監査役が(原告株主に対して)過失相殺の抗弁を主張できるかどうかは、おそらく裁判例もないので不明です。常勤の監査役さんであれば、会社に遠慮して過失相殺の抗弁など出さないかもしれませんが、弁護士や公認会計士の「社外監査役」さんであれば、(もし出せるのであれば)普通に抗弁を出すことが考えられます。

この点、有名な野村證券株主代表訴訟の最高裁判決(最高裁第二小法廷平成12年7月7日判決)では、河合伸一裁判官によって、以下のような補足意見が述べられています。

・・・過失相殺の規定(民法四一八条)を適用し,あるいはその趣旨を類推適用することも,検討されるべきである。取締役は会社の機関であり,対外的には一体と見るべきものであるが,会社の取締役に対する損害賠償請求権が訴求されているときには,たとえ取締役が現在もその地位にあるとしても,両者は債権者と債務者の関係にあるから,右規定が適用されることは自然である。また,たとえば取締役の行為が本規定に該当するものではあるが,それは会社の歴代の経営者がしてきたことを継承するものであるとか,会社の組織や管理体制に牢固たる欠陥があるなど,いわば会社の体質にも起因するところがある場合には,損害賠償制度の根本理念である公平の原則,あるいは債権法を支配する信義則に照らし,右規定を類推適用することが許されてよいと考える(最高裁昭和五九年(オ)第三三号同六三年四月二一日第一小法廷判決・民集四二巻四号二四三頁,最高裁昭和六三年(オ)第一〇九四号平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。もっとも,右の例のような場合,取締役は会社の体質を改善すべき義務を負うものであることも,考慮されなければならない。また,本規定に基づく責任が関与した取締役の連帯責任とされていることが,過失相殺規定の適用又は類推適用を困難にする場合もあろう。しかし,そのようなことも考慮しつつ,なおこれによって妥当な結論を導き得る場合があると考えるのである。

上記河合判事の見解からすると、そもそも会社に対して過失相殺の抗弁が立つ以上、株主代表訴訟でも主張することはできるのかもしれません。

会社が取締役の責任を追及する訴訟では、提訴請求を行った一般株主も、会社が提訴した裁判に参加しますので(共同訴訟として参加します)、馴れ合い訴訟はできません。事案の性格からみて、被告である取締役は、監査役の過失を主張して自らの責任を減じることはあまり考えられないものと思われます。一方において、監査役が会社から提訴された場合には、監査役は「そもそも我々を疎外して不正を行った取締役が悪いのだ」といった過失相殺の抗弁を出すことで、責任額を減少させることは十分に考えられます。そして抗弁の主張立証に成功すればするほど、ますます取締役の責任根拠となる「内部情報」が、裁判上で明るみになる可能性があります。

ということは、関電の取締役会としては、監査役の方々を提訴しないほうが、自らの地位を守ることにもなる、というインセンティブが働くように思うのは私だけでしょうか。株主からの(現旧7名の監査役に対する)提訴請求がなされたにもかかわらず、「監査役責任調査委員会」を設置しなかった理由については、ぜひとも知りたいところでありますし、果たして関電が現旧7名の監査役の方々を提訴するかどうか、とりわけ取締役責任調査委員会の報告書が出た現時点においての判断に注目されます。

ちなみに関電の事例とは関係ありませんが、かりに社外取締役の責任も追及されて「責任あり」とされた場合、「俺は(私は)会社との間で責任限定契約を締結しているからだいじょうぶ」と考えておられる方も安心していられない、という論点があります。損害賠償債務は「連帯債務」とされているので、たとえば社長が3憶円の損害賠償責任を果たした後に、社長から社外取締役に求償権が行使されます。その求償権については「責任限定契約」は及ばないので、対会社との関係では1200万円で済む話も、対社長との関係では5000万円の請求を受ける、ということもありえます。そのあたりは拙ブログを開設した2005年ころからのナゾであります。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年6月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。