コロナ禍でのビデオ会議の「明暗」

新型コロナウイルスの感染問題でダメージを受けた欧州経済の再建を話し合う欧州連合(EU)首脳会談は予想されたことだが合意に至らず、19日閉幕した。同首脳会談はフォンデアライエン委員長が提案した7500億ユーロ規模(約90兆円)の復興基金について27カ国の首脳が話し合うものだが、新型コロナ時代では通常となったビデオ会議で行われた。決まったことは来月中旬に開催する次期首脳会談で合意を図る、ということだけだ。

▲EU首脳会議のビデオ会議風景(2020年6月19日、EU理事会公式サイドから)

ミシェルEU大統領は、「今回の会議で各国の立場が明確になった。次回はそれを土台にコンセンサスを実現したい。いずれにしても、次回の首脳会談はブリュッセルに結集して話し合うことになる」と強調し、首脳がブリュッセルに集まり、実体での会議となれば、解決への突破口が開かれるという期待を滲ませた。

ビデオ会議の会議様式は新型コロナ時代の様式として定着してきたが、新型コロナの感染ピークが過ぎ、実際に顔を見ながら話せば、ひょっとしたら突破口も見えてくる……という期待だ。今年下半期のEU議長国ドイツのメルケル首相は「来月の“対面での合意”を目指す」と述べている。

21世紀の今日、インターネット時代を迎え、通信情報世界では5G時代(第5世代移動通信システム)に入り、本格的なIoT(モノのインターネット)が現実化している。その意味でインターネットを利用したホームスクーリングやテレワーク(ホームオフィス)は新型コロナの感染を契機にポピュラーになった。時代は既にそのような環境圏に入っているわけだ。

新型コロナの感染拡大を受け、様々なサミット会議や国際会議は延期される一方、ビデオ会議、Zoomを利用した会議が広がっていった。新型コロナの感染はインターネットを利用した会議方式の実施テンポをより早めたといえるだろう。

それでは、EU大統領の発言「実際、同じテーブルで話し合えば、より理解でき、合意の道も開かれる」という表明は時代の潮流に乗り切れない古い世代の嘆きに過ぎないか、それともやはり真理の一面を表現したものだろうか。

実際に顔や表情を見ながら話せば、その発言内容ばかりか、言葉の背後に隠れている本音が見えてくることがある。その点、ビデオ会議の場合、限界がある。如何にカメラの画像能力が向上しても対面会合のようにはいかないだろう。

このコラム欄で「『嘘』を言ってごらん」(2020年2月18日参考)を書いた。人間の表情、仕草を観察し、そこからその人が何を考えているかを分析する精神行動分析学者カル・ライトマン(ティム・ロス主演)のドラマだ。人は嘘を言う時、その表情、眼球、口周辺の筋肉に通常ではない動きが出てくる。それを見つけ出し、嘘を言っているのか、本当かを推理していく。その微妙な動き、表情を専門家たちは「マイクロ・エクスプレッション」(微表情)と呼んでいる。ビデオ会議やzoom会議ではそのマイクロ・エクスプレッションを感知できない可能性がある。もちろん、会議の参加者(政治家)は“嘘を言う存在”という前提で述べているわけではないが、ビデオ会議の限界を考えざるを得ないのだ。

単純な連絡事項や事務通達の場合、ビデオ会議で十分かもしれないが、政治や会社の命運や未来を賭けた問題では時間の制限がない限り、やはり関係者の実際の参加が必要だろう。その意味で当方にとっては、EU大統領の期待は当然だと思う。

もちろん、EU首脳がブリュッセルのEU本部のテーブルに座った途端、政策が変わるということはない。マクロン仏大統領やメルケル首相の顔を見たからと言って、政策に変化が出てくるわけではないが、実際に会って話し合う場合と、カメラの画像を見ながら話しあうのでは印象が異なってくる。そして人はその相手の雰囲気、様子でも一定の印象を受けるものだ。例えば、「あの人は厳しいと思っていたが、優しい面がある」といった印象だ。そのマイクロ・エクスプレッションが政策を決め、国の方針にも影響を与えたとしても不思議ではない。その点、人工知能の世界とは異なる。生の人間の会議だからだ。

新型コロナの感染防止のために、人は濃厚接触を禁止され、握手も接近もしないように注意しなければならない日々を送ってきた。その間、Zoom会議、ビデオ会議がブームとなったが、人はやはり関係存在であり、接触存在であるという事実は無視できないだろう。

最後に、友人から聞いた話を紹介する。彼は現地雇いの会社員だった。ある日「会社の方針もあって、君は辞めてもらうことになった」という連絡を受けた。友人は会社訪問の途中だったが、その電話を受け取ると会社訪問を止め、考えてしまったという。「俺は何のために頑張ってきたのか。電話一本で解雇か」と呟いた。友人はその後、別の仕事を始めたが、「事務通達のように電話一本で解雇され、解雇書類すら送られてこなかったよ」と今では笑いながら話す友人のマイクロ・エクスプレッションを見た。友人は確実に傷ついていたのだ。

IT技術の急速な発達で会議も事務仕事も効率的に行われるようになったが、情報交換、通達、会合では人間の生身が発信するマイクロな表情、意思表示が益々重要になってくるのではないか。 ミシェルEU大統領の「ブリュッセルに集まれば…」という発言を聞きながら、そのように考えた次第だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。