河井克行・案里議員夫妻の公選法違反事件を巡る現地メディアの特ダネ合戦は、地元紙・中国新聞がほぼ独走状態だった。
振り返れば、昨年12月28日付の朝刊一面で、「河井案氏陣営疑惑 捜査に着手」と題し、広島地検が捜査をはじめて、運動員らへの事情聴取を開始したことをスクープ。3月3日朝刊一面では、案里氏の秘書の立件もいち早く特報し、秘書が起訴されると、6月4日の朝刊一面で「本丸」、「河井克行氏、国会閉会後立件へ 買収容疑で検察当局、案里氏も」を大々的に打つなど、要所要所で他紙を圧倒し続けた。
現地の事情通によれば、3月ごろには県外の支局に異動して数か月しか経っていなかったベテラン記者を広島に呼び戻すなど取材班を拡充。検察と記者の距離感の問題点は、東京高検の黒川前検事長と産経新聞記者らの賭けマージャンで問われたように、微妙なところはあるものの、読売や朝日など並みいる全国紙に負けなかったのは見事としか言いようがない。
読売が“議員リスト”報道で地元紙に一矢報いる
しかし、他紙もやられっぱなしというわけにはいかない。河井夫妻の逮捕後、現地メディアが狙っているのは、夫妻が現金を提供した先の地方議員らのリストだという。そして我が古巣が中国新聞に一矢報いんとばかりに勝負を打ってきた。読売新聞がきのう(26日)の朝刊社会面で、地元首長、地方議員40人分のリストを実名で掲載した。広島県は読売の大阪本社の管轄。かつて名を馳せた大阪社会部の「黒田軍団」直系の人たちはもう現場にはいないが、事件取材ファーストが伝統の大阪読売の意地を見せた格好だ。
ここで面白いのは記事をよく読むと「現金提供先94人に含まれる地元議員と首長40人の詳細が判明した」としているが、「40人のリストを入手した」とは書いていない。さすがに検察が押収した資料のコピーを入手したと書いてしまうと、捜査資料の流出にもあたるため、話が違う方向に言ってしまう。ただ、それでも読売の取材班が「物証」を持っていると断言こそできないが、リストに出ている議員たちに直当たりして認否を確認するための基礎資料は、相応に説得力のあるものであることは容易に推察できる。
いずれにせよ、実名リストを見ると実に壮観だ。中国新聞もこれは悔しいだろう。
他方、地元メディアでは、読売が報じたのとは別に「本命」リストが存在し、むしろそれを血眼になって追いかけているという情報がある。この本命リストにこそ、河井夫妻が現金提供をしたなかで「大物」の名前が記載されているとのことで、そうした情報が事実であれば、読売がこのままそのリストも引き続き入手するのか、中国新聞が全国紙を返り討ちするのか、広島メディアは、原爆投下75年の取材と並行して「仁義なき戦い」を繰り広げそうだ。
「泣き落とし」議員は被害者なのか?
そして「仁義なき」といえば、リストに載っていた地方議員たちの言い訳ぶりも、有権者の怒りを買うだろう。
三原市長や安芸太田町長のように潔く辞職表明、辞職した首長はいるが、読売の取材に対し、40人のうち15人は「受け取っていない」と否定し、別の15人はノーコメントや取材拒否のようだ。
一方、認めた10人の中でも、三原市長や安芸太田町長以外の8人の地方議員は、進退についてはまだ確定していない。一部報道で検察は金額の多寡、あるいは国会議員である河井克行氏から現金をねじこまれた力関係を考慮して、起訴猶予という見通しもあるが、中にはメディアの前で「泣き落とし」をする議員たちもいる。
最初に口火を切ったのは、以前も紹介したが、河井派だった“エディオン嬢”こと渡辺典子県議。家電量販店創業者の娘で、1月下旬の段階で、あの落合洋司弁護士を雇って、いち早く自分から記者会見を開催。聞かれてもないのに、自宅が広島地検の家宅捜査を受けたことまでカミングアウトしていたものだった。
きのうの読売によると、リストは20万円が記載され、一部の現金受領を認めたというが、2022年参院選の出馬の噂もあった渡辺氏は、その後表舞台では進退については明言していない。
イメージコントロールといい、その後の“雲隠れ”といい、さすが落合弁護士を雇っているだけあるが、今度は河井克行氏のお膝元、広島市安佐南区選出の市議、石橋竜史氏も25日に突然記者会見を開催。市議選の当選祝いの名目で克行氏から30万円を受け取ったことを明らかにした。報道陣の前でむせび泣いた様子は、東京でも報じられていたが、石橋氏は当初現金受領の疑惑を否定していたばかりか、議員辞職はしないという。
エディオン嬢の会見をパクったのか、読売などのメディアがリストを報道する動きを察知したのか、誰かの入れ知恵があったかはわからないが、「こういうことで苦しめられる人を家族にしても本当、誰1人増やしていけないと切に思って…」などと、「被害者ヅラ」するような応対ぶりは違和感がある。白々しく思う広島市民も多いだろう。
また、安芸高田市・児玉浩市長はなんと頭を丸めて謝罪する挙に出たが、進退は留保しているという。
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政治活動にはカネがかかり、国政選挙の最前線を担う地方議員たちにある種の「経費」として、さまざまな名目で一定のお金が渡ること自体を、すべて悪とは言うまい。先述したように、ぶっちぎりで特報してきた中国新聞は20日、40人の多くが、地元政界への影響が大きいことなどを考慮して立件見送りを示唆する記事を書いていた。
しかし、ある種の「司法取引」で河井夫妻の公判への協力の見返りに現金受領を認めさせるにせよ、それは公職を辞することと引き換えにすべきではないのか。起訴猶予になるにせよ、出直して次の選挙で民意を問うほうがフェアに思うが、仁義なき“言い訳合戦”はどう決着するのだろうか。