令嬢県議、河井夫婦新疑惑…広島自民の仁義なき内ゲバ情報戦

新田 哲史

河井克行前法相と妻の案里議員の選挙違反疑惑をめぐり、マスコミを使った「情報戦」がさらにヒートアップしている。

RCCニュースより

河井夫婦に「裏切られた」悲劇のヒロインなのか?

劇場型の様相を見せ始めたのが、テレビ映えする新キャラの出現だった。昨年の参院選で、案里氏を支援していた自民県議の渡辺典子氏が20日、記者会見を突然開いて「運動員が法定上限の倍額を受け取ったと聞いた」と暴露し、自宅が広島地検の家宅捜査を受けたことまで、聞かれてもないのに自らカミングアウト。さらに

「河井夫妻は議員辞職するのが筋だ」

「案里氏を信頼していたが、裏切られた。夫妻が平気な顔をして国会に出ていることが許せない」

「ウグイスだったり、私たち、家宅捜索をうけている方は生活を奪われている。彼女たちが何も失うことなく、国会に出ていることが常識として許されるということなのか、私は許されないと思っています」

などと胸アツなコメントを連発(参照:朝日新聞毎日新聞)。これだけをみれば「正論」だ。

報道の扱いは、ローカルベースとはいえ、その美貌もあってネットでは「暴露会見キターっ」と全国的に注目を集めたようだ。私も取材をしてみると、父親が家電販売3位のエディオンの久保允誉社長という。公式サイトのプロフィールによると、学生時代にはモデル活動も行っており、ネットでは、明石家さんまさんの「恋のから騒ぎ」にも出ていた時の画像まで発掘されている。

「恋のから騒ぎ」に出演時代の渡辺氏

「御令嬢」×「モデル」×「恋から」と、週刊誌やスポーツ紙が食いつくような話題性がありまくりで、いかにもダーティーな河井夫婦に騙された「悲劇のヒロイン」というイメージが増殖すれば、良くも悪くもブレイクするのではないかと思われそうだ。

記者会見がテクニカルに見える理由

しかし、危機管理広報コンサルを生業の一つにしてきた私からすると、事前の報道で名前を見かけなかった人が自ら名乗り出て、まだ公になっていない不祥事を積極的に釈明するのは、ある種のパフォーマンスで、政治的思惑を秘めていると疑ってしまう。逃げ回っていた河井夫婦とは対照的に自分から記者会見を開き、情報を小出しにせず、一気に放出。気がつけば報道のトーンは、結局、河井夫婦にさらに矛先を仕向ける効果が出ている。

往々にして政治家、特にマスコミ慣れしていない地方議員で、しかも(3期目とはいえ)彼女のように若い人が危機管理対処で、そうした「高等テクニック」を自分の発案で駆使するというのは、あまり聞いたことがない。怪訝に思いながら、ニュースの動画をみていたら、政治のプロなら「おや?」と首を傾げる人物が彼女の隣にいた。

渡邉氏の横で説明する落合洋司弁護士(RCCニュースより)

そう。テレビでもおなじみの落合洋司弁護士だ。有名なヤメ検弁護士を東京から呼び寄せるあたり、“エディオン嬢”らしいともいえるが、落合氏は広島出身。ただ、政治的に微妙な空気が漂うように思うのは、自民党との政治的な因縁があるからだ。

2017年衆院選では、自民党公認で地元から出馬しようとしたが、公認を得られず無所属で広島4区に出て落選。すると参院選では驚いたことに立憲民主党の公認を得て比例区から出馬を目指していた。ところがツイッターに韓国に対する差別的な投稿をして炎上し、公認が取り消しになった経緯がある(参照:立憲民主党HP)。

ご本人はツイッターで「広島絡みで情報がいろいろ入るが、政治にはもう関わらないので、純粋に、弁護士の観点で淡々と見ている、笑」と受け流す構えを見せているが、

x.com

参院選出馬に至らず、著名な弁護士とはいえ、野党から出馬しようとした落合氏を記者会見に同席させてしまうあたり、渡辺氏の党内コミュニケーションを巡る政治センスに疑問を感じてしまう。と同時に、「裏切られた悲劇のヒロイン」的な打ち出しに胡散くささを感じないのは難しくなる。後述するように、県議時代の案里氏と同じ会派に所属してきたこともあり、掌を返すようなコメントに保身の思惑が透けて見えてしまうからだ。

文春砲が河井夫婦の選挙資金原資で追撃弾

もはや広島ローカルメディアを発信源にした仁義なき情報戦になろうとしているが、さらに昨日は文春砲がネットの先出し記事で、河井夫婦の選挙資金を巡る新たな疑惑をぶちかまし、ますますヒートアップしそうだ。

買収の原資か 河井前法相夫妻「選挙資金」1億5千万円の「入出金記録」を入手した(文春オンライン)

家宅捜索を受け記者会見した河井夫妻(NHKニュースより編集部引用)

ウグイスへの過剰な手当てをはじめ、河井事務所の豊富な選挙資金は、参院選の前に自民党本部から振り込まれた1億5000万円が原資だった可能性がある証拠があるのだという。

念のためだが、党本部から事務所に資金が提供されたことは法的に問題はない。捜査の観点からみると、ウグイス疑惑の傍証になるかどうかの話だが、しかし、広島の自民党内に波紋を呼ぶことに間違いないのは、記事の締め括りの一文だ(太字は筆者)。

「週刊文春」の取材によれば、溝手氏に党本部から提供された選挙資金は、案里氏の10分の1だったという。

昨年の参院選の広島選挙区で、自民党は、新人の河井案里氏が下馬評を覆し、大ベテランの溝手顕正氏を蹴落として初当選したことは記憶に新しい。以前も書いたように、組織力で劣っていたはずの河井陣営は、官邸の肝煎りで、溝手陣営、つまり岸田政調会長率いる宏池会(岸田派)寄りの組織票をひきはがす壮絶な選挙戦にサバイブした。

溝手氏を応援する岸田氏(Facebookより)

もし、選挙前の時点で軍資金に10倍の差があったことが事実ならば、党本部を動かした官邸のえこひいきが凄かったばかりでなく、岸田氏への屈辱的な対応をしたことになる。文春の速報を受けて追加取材したところ、私は半信半疑だが、広島の政界関係者の間では以前から河井案里氏を擁立する過程で「官房機密費が動いたのでは?」という憶測も出回っているという。

宏池会と反宏池会の伝統的な暗闘

これも以前書いたが、広島の自民党は宏池会を中心にした牙城である一方で、野党が弱い分、党内の権力闘争が伝統的に激しい。かつては亀井静香氏の一派が競合として存在し、1998年の参院選では亀井氏の兄・郁夫氏と、宏池会の奥原信也氏が野党候補も含めた三つ巴の激闘の末に、郁夫氏が当選し、奥原氏が落選している。宏池会としては溝手氏の落選はこの悪夢の再来だった。

亀井氏は小泉政権下の郵政選挙で離党し、いまは政界も引退したが、安倍一強の昨今は、県内主流派の宏池会に対抗するのが、亀井派の流れを汲む人たちや、安倍首相や菅官房長官に接近する河井夫婦などだ。

県議会会派も自民党は、親宏池会の自民議連(33人)と反宏池会の広志会(7人)の2つに分派。県議時代の河井案里氏と先述したエディオン嬢こと渡辺典子県議は、後者に所属してきた。

ちなみに、湯崎英彦知事は前者と近しく、参院選は溝手氏と野党現職のみを応援するほど露骨だった(出所:中国新聞)。河井案里氏が任期途中で辞めた場合の補選候補として宏池会内では一部に待望論が出始めているという。

一方、反宏池会の間のごく一部では、河井夫婦の疑惑発覚の前だが、次期参院選候補にエディオン嬢の名前を挙げる人たちもいたそうだ。次の参院選は宏池会の現職、宮澤洋一氏が引退しなければまたも自民党同士でガチンコになる。元首相の甥にして税調会長なども歴任した人にぶつける構想が事実なら恐れ知らずなことだ。

宮澤氏が引退して後継に一族のタレント、エマ氏が出て、渡辺氏がぶつかる構図になれば世紀のお嬢様対決で話題抜群、全国再注目のバトルになるのは必定だが、エマ氏の出馬は竹下家の血を引くDAIGO氏のそれより可能性は低かろうぃっしゅ。

情報戦の目眩しに潜むコトの本質

冗談はさておき、広島のメディアは、「そもそも」の自民党事情の説明をすっ飛ばしているので、政治に詳しくない県民や全国の読者・視聴者は、エディオン嬢の美貌や週刊誌報道に目を眩まされそうだが、一連の情報戦は、昨年の選挙の遺恨も含めて、まさにこうした自民党ローカル政争を背景に続発していることがわかる。

河井夫婦も政治的にえげつなく、人徳がないからスケープゴートにされているとはいえ、公平に見れば、公選法でウグイスの謝礼額を決めている問題も大きい。融通の効かない法律で価格設定という経済行為を縛りすぎると、物価や実勢価格との解離が大きくなったときに軌道修正がしづらい。ことの本質の一つは旧態とした選挙制度の問題なのだが、国民の厳しい目が降り注ぎ、野党も敵失として利用したい中では改正どころか国会での議論すら望めまい。

ただ、野党の中でも大人の議論をする人がいる。元民主党衆議院議員で、いまは立憲民主党から国政復帰をめざす井戸まさえ氏が論座に寄せた論考が本質をついている。全文は会員制だが、問題提起は無料で読めるのでどうぞ。

「ヒール役」河井夫妻が今国会でやるべきこと – 井戸まさえ|論座 – 朝日新聞社の言論サイト 

新田 哲史   アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」