コロナ危機で「良き欧州人」になった

独週刊誌シュピーゲル最新号(7月4日号)は欧州連合(EU)委員会のジャン=クロード・ユンケル前委員長(65)との興味深いインタビューを掲載していた。ユンケル前委員長(在職2014~19年)は「新型コロナ危機でEU加盟国で連帯感が芽生えてきた。国家は国民経済に関与することは良くない、市場経済の原則に委ねるべきだと考えてきたが、国家はここにきて新型コロナ危機を克服するために国民経済に積極的に関わってきた」と指摘し、「加盟国の国家意識の高揚は加盟国間で連帯感がある限り、悪いことではない、我々はこれまで以上に良きヨーロッパ人となった」と述べている。

ユンケル氏(Wikipedia)

シュピーゲル誌のインタビューの見出しはユンケル氏の発言「危機を通じて我々はより良いヨーロッパ人になった」を引用している。危機とは、中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスの感染拡大と、それによる国民経済の危機だ。ユンケル氏はそのコロナ禍を通じてEUは以前より結束と連帯感が生まれていると建設的に評価しているわけだ。

EUは今月17日、ブリュッセルで首脳会談を開催し、コロナ禍で困窮下にある加盟国を救済する復興基金(約5000億ユーロ)を含む2027年まで7年間の予算問題を協議する。ユンケル氏は、「メルケル首相はユーロ危機やギリシャの金融危機とは異なり、困窮下の加盟国への支援に対しても積極的になってきた」と指摘し、メルケル首相のEU加盟国への取り組み方がコロナ禍で変わってきたと強調している。

ギリシャ金融危機はギリシャの財政問題だったこともあって、メルケル首相は当時、対ギリシャへの支援には消極的で、ギリシャ政府に対しては厳格な緊縮財政、構造改革を要求したため、ギリシャ国民から「女性ヒトラー」という汚名を着せられたことがあった。それが今回、コロナ禍で危機にあるイタリアやスペインへの復興基金に対して積極的に支援する姿勢を見せているわけだ。

メルケル首相は8日、議長国となってから初めてブリュッセルを訪問し、「夏が来る前に予算を成立させなければならない」と強調し、復興基金に反対するオランダやオーストリアに合意を促すなど、EU議長国の議長らしく加盟国に発破をかけている。

メルケル首相が加盟国への経済支援に前向きになったのは、2009年10月から発生したギリシャの財政危機とは異なり、コロナ禍がドイツを含む全てのEU加盟国に大きなダメージを与えているという認識があるからだろう。例えば、ドイツ製自動車を輸出するためには加盟国の国民経済が回復しない限り難しい。文学的に表現すれば、コロナ禍でEU加盟国は同じ痛みを共有することで、これまで見られなかった連帯感が生まれてきたというわけだ。ユンケル氏は、「メルケル首相はコロナ禍下の欧州で今、連帯感が最も求められていることを認識したのではないか」と説明する。

国家財政の優等生ドイツでは今年、国内総生産(GDP)比で社会支出に対する政府支出の比率は54・2%になると予想されている。戦後最長の首相を担ったヘルムート・コール元独首相はかって、「政府のノルマの比率が50%を超えれば、もはや社会主義だ(偽装社会主義)」と述べたことがある。

政府のノルマの割合は国民経済が市場経済主義の原則から見て健在か否かを判断する基準と見なされてきた。ドイツは新型コロナ危機に対応するために1・3兆ユーロを投入することを既に決定している。この数字だけでもドイツの今年の国民経済実績の40%に当たる。同国では1995年、54・7%になったことがある。新規借り入れを行わない「ブラック・ゼロ」と呼ばれる財政政策を主導したヴォルフガング・ショイブレ連邦議会議長(独前財務相)もコロナ禍は想定外の危機として、国が財政出動して国民経済を支えることは当然だ、と考えている。

ドイツは今年下半期の議長国だ。ユンケル氏はメルケル首相の政治手腕に期待している。新型コロナの感染が広がった当初、メルケル政権は医療品の輸出を禁止する処置を取り、ドイツ・ファーストの政策を実施したが、それが欧州の連帯と結束を崩すと分かると、メルケル首相はその政策を即撤回している。メルケル首相は非常に柔軟性のある政治家で、結果が良くないと分かれば、それを修正することに躊躇しない。

EUはここ数年、想定外の出来事に次々と直面してきた。米国、中国に次ぐ第3の核として世界の政治、外交に大きな影響を与える計画だったが、その夢の実現に前進するどころか、EUの存続すら疑われる事態に陥ってきた。2015年の中東・北アフリカからの大量難民殺到では、加盟国間で難民受け入れで対立し、ハンガリーやポーランドの旧東欧加盟国はブリュッセル主導の難民分担枠を拒否する一方、外交面でロシア、中国に傾斜するなど、EUは政治、外交面で分裂が加速した。経済大国・英国のEU離脱(ブレグジット)で、EUは創設後初めて加盟国を失った。EUは創設後最大の難問に直面している。それがコロナ禍下、加盟国で国家意識が高揚する一方、加盟国間で連帯感が再び生まれてきているというわけだ。

ユンケル氏はインタビューの中で、「ドイツは戦後から一貫して親欧州路線を歩んできた」と強調、ドイツが議長国を務める今年下半期にEUの復活への期待を表明している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。