ファミマ、大戸屋TOBで上場子会社に思惑買い-親会社側取締役の善管注意義務

7月9日夕方の日本経済新聞電子版「上場子会社に思惑買い ファミマ・大戸屋はストップ高」なる見出しで、同日の東京株式市場では上場子会社に思惑買いが広がったことが報じられています。外食大手のコロワイドが大戸屋ホールディングス(HD)に、伊藤忠商事がファミリーマートに対してTOB(株式公開買い付け)が行われるとのリリースで両社の株価が急伸しました。そこで、ローソンなど上場子会社株全体がグループ再編期待から株価が上昇。親子上場の解消は今後も増える見通しで、上昇傾向は中長期的に続く可能性がある、とのこと。

(写真AC:編集部)

コロナ禍において証券市場の効率性が高まることは予想されるところであり、伊藤忠商事やコロワイドのような経営戦略が今後も増えることは間違いないと思っています。しかし事業の切り出し、つまり上場子会社を持つ親会社が、子会社株式を売却するような経営戦略も今後増えていくものと市場は想定している、ということのようです。この方向性は、経産省・事業再編研究会からもうすぐ公表される「事業再編実務指針-事業ポートフォリオと組織の変革に向けて-」とも合致するところです。

また正式版がリリースされた時点で詳しく検討したいと思いますが、上記「事業再編実務指針(案)」では、たとえば事業の切り出し(子会社株式の売却等の事業売却やスピンオフ等を想定)に関して、これを検討する親会社取締役の行動規範(善管注意義務)にまで踏み込んだ内容が含まれています。コングロマリット・プレミアムが生じているのであればよいのですが、いわゆるコングロマリット・ディスカウントが生じている状況であれば、社外取締役や経営陣が何らの対応もとらない、というのは善管注意義務を尽くしていないとの評価を受けかねない、とのこと。もはや取締役会や任意の委員会等できちんとした議論をすることが当然、ということで、このあたりは昨年6月に策定された「グループガバナンスの実務指針」の流れに沿った内容です。

たとえば今年2月のエントリー「浸透するか?-ガバナンス改革3.0と上場子会社が目指す『アスクルモデル』」でもご紹介したように、親子上場問題では、上場子会社側の取締役さんの善管注意義務(親会社との利益相反状況における行動指針等)に焦点があたることが多かったと思うのですが、今後は上場子会社を持つ親会社の取締役さんの善管注意義務も注目されることになる、ということでしょうか。先々週、私が役員を務める会社の株主総会で、私が受けた質問内容を(こちらのエントリーにて)ご紹介しましたが、そこでも上場子会社(東証1部)との関係についてご質問を受け、金商法や東証のディスクロージャ-・ルールに反しない範囲で検討経緯をお話しいたしました。

ただ、事業の切り出しについては、上記「事業再編実務指針(案)」でも課題として取り上げられているように、日本的雇用慣行のなかで、切り出される事業の従業員の方々に、どう納得してもらえるのかとても悩むところであり、だからこそ日本では事業売却が進まない、というのも当然のことだと思います。相談役や顧問の方が経営トップだった時代に買収した事業、創業家の方々の諸事情の理由から「赤字でも抱えている」事業等、誰かが言い出さないと取締役会で議論することすらタブー、という問題もあります。その他、リーガルリスクという視点ではブランド、企業秘密、特許権等の知財の保護という問題もあります。

資本効率を上げる、という企業統治改革の流れとか、親子解消のメリット・デメリットを比較する、といった教科書的な行動だけでは事業の売却はうまくいかない、つまり株主の期待や機関投資家からの圧力への対応だけで決断できるような問題ではない。むしろ(事業切り出しという問題以前に)取締役会で何を議論しているのか(本当に「経営方針の決定」を議論しているのか)、といった普段の取締役会の在り方とか、親子関係についての歴史を十分に理解して、子会社側の意見を十分に聞くことに注力すること等、かなり労力を要するプロセスを踏んでいるかどうかが成否を分ける決め手ではないか。私自身の経験からは、そのように感じます。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年7月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。