上場会社の役員報酬はダブルチェックの時代が到来する(令和元年改正会社法)

7月12日の日経朝刊1面に「株で役員報酬 導入5割増し―JT・三井不動産など800社 株主視点の経営促す」との記事が掲載されています。今年6月末の時点で、自社の現物株を役員報酬として付与する企業が過去1年間で5割増え、上場企業全体の2割に達したそうです。コーポレートガバナンス・コードでも業績連動報酬の導入が推奨されていますが、コードを遵守する姿勢により、中長期的に株価を高める経営を行うよう役員に動機づける狙いがある、とのこと。

(写真AC:編集部)

しかしソフトローだけでなく、ハードローの改正によって、さらに役員報酬制度は大きく変わります。当該記事の末尾にも記載されているとおり、役員報酬制度の改正は、このたびの令和元年改正会社法の改正の重要項目であり、実務に大きな影響を及ぼすものとされています。

上記記事で紹介されているような特定譲渡制限付き株式(リスクリクテッドストック、いわゆる「RS」と称されるもの)も、これまでは報酬総額の範囲内であれば、取締役会が自由に交付することができたわけですが、改正会社法のもとでは、株式や新株予約権の内容(上限と政令で定める事項、たとえば交付条件等)を株主総会が決めることになります。有価証券報告書だけでなく、事業報告でも「役員報酬等の決定方針に関する事項も開示されることになりますので、(役員報酬の総額が妥当かどうか、ということだけでなく)ようやく個々の役員の報酬が妥当なのかどうか、株主総会で議論される時代になります。

また、「役員報酬等の決定方針」の決定は、特定の取締役に委任することはできず、かならず取締役会で決定しなければなりません(主に上場会社である監査役会設置会社、監査等委員会設置会社)。個々の取締役の報酬決定を代表取締役に一任する(株主総会からみれば「再一任」になりますが)ことを決議することも可能ですが、そういった再一任するかどうか、報酬委員会があれば当該再一任にどのように関与するのか、といったことも「決定方針」として取締役会で決議することになります。とりわけ自社の現物株を役員報酬として付与することになれば、決定方針との関係で、そのような報酬を付与することが整合性があるのかどうかきちんと各取締役が理解したうえで、審議されることになるので、取締役会としての監督機能も発揮されることが期待されます。

実際のところ、金銭と現物株との比率(なぜ当該比率が短期ではなく長期的な成長のインセンティブとなりうるのか)、交付条件を判断するKPIとして、なぜ当該項目を選択したのか、業績ではなくESG経営の推進に寄与したことはどうやって判断するのか等、事前交付型のインセンティブ報酬はむずかしい判断を含みます。令和元年改正会社法の施行後は、株主から「当該プランに合理性があるかどうか」厳しくチェックされることになるので、その前提として実質的な議論が取締役会でなされる必要があります。監査等委員会設置会社の場合には、(個別の役員の報酬金額について意見形成義務を有する)取締役監査等委員の関与(判断過程)についても、株主から質問が来るでしょうね。

以前にも述べましたが、平成30年9月29日東京高裁判決(ユーシン社株主代表訴訟判決)は、役員報酬の決定過程や判断内容に明らかに不合理な点があれば、取締役の善管注意義務違反となりうることを明示しています。これは現行会社法のもとでの判断ですが、令和元年改正会社法のもとで、役員報酬の決定方針が決議され、また現物株を報酬とすることの相当な理由(業績連動報酬を採用することの相当な理由)が総会で示されるようになれば、さらに善管注意義務を尽くすべき範囲も広がるものと思われます。ということで、今回の会社法改正(施行はおおむね2021年5月ころ)によって、上場会社の役員報酬の決定過程は株主総会の取締役会によるダブルチェックのもとで、実務は大きく変わるものと予想しています。

経営陣にとって一番触れてほしくないのが「社長人事、役員報酬、株式持ち合い」ですが、社外取締役の活動自体を機関投資家が監視するような制度運用がなされるとなれば、もはやタブーとされる領域はどんどんなくなっていくのかもしれませんね(逆に取締役会の監視機能が高まることによって、皮肉にも「報酬諮問委員会」自体が経営者の隠れ蓑になってしまう、というおそれもありそうな気がいたします・・・「私の報酬は報酬委員会からお墨付きをもらっているのだから」といった言い訳が増えそうな気がします)


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年7月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。