有名になって歴史に名を残す人生

現代人はやはり有名になって歴史にその名を残したいと思うだろうか。そんな荷の重い道を避け、自分の人生を楽しみたいと考えるだけだろうか。

エフェソスにあるアルテミス神殿の残骸(Wikipedia)

偶然だが、へロストラトスという古代ギリシャのイオニアの人物の名前に出くわした。英語では「へロストラトスの名声」という表現がある。ヘロストラトスは有名になるためには如何なる犠牲をも厭わない人間だった。

ヘロストラトスは有名になるためにエフェソス(現代のトルコ領)にあったアルテミス神殿を放火した。アルテミス神殿は紀元前550年頃、高名な建築家らによって建てられた美しい神殿として有名だった。

若い羊飼いのヘロストラトスは紀元前356年7月、アルテミス神殿を放火すれば、自分の名前はアルテミス神殿の名と共に死んだ後も永遠に残ると考え、神殿に火をつけた。拘束されたヘロストラトスは犯行を隠すどころか進んで自分が放火したと自供したのだ。

エフェソス市民はヘロストラトスを死刑にする一方、有名になりたい一心で犯行する者が再び出てきたら大変と考え、ヘロストラトスの名前を歴史から抹殺するため「ヘロストラトスの名前を絶対に口にしてはならない」という記録抹殺刑を科したという。

しかし、エフェソス市民の願いにもかかわらず、歴史家が後日、アルテミス神殿を放火した犯人としてヘロストラトスの名前を書物に書いたため、ヘロストラトスの名前は忘れられず、今日まで伝わってきているというわけだ。

古代ギリシャまで時代を遡らなくても「有名になりたい」と考える人はいる。数的には現代のほうが昔より多いかもしれない。例えば、ヘロストラトスの話を聞けば、ビートルズのジョン・レノンを殺害したマーク・チャプマンという殺人犯の名前を思い出す音楽ファンもいるだろう。

彼は自分の名前とジョン・レノンを永遠に結び付けたいめにレノンを殺した。殺人の動機については「狂信的なファン説」から「精神的錯乱説」まで囁かれてきたが、彼は仮釈放申請時、「有名になりたくてレノンを殺した」と語ったという。

事件の起きたダコタハウス(Wally Gobetz/Flickr)

彼は1980年12月、ニューヨークのレノンの自宅アパート前でレノンに向かって5発を発射した。彼は犯行直後、警察官の質問に「自分がジョンを殺した」と進んで単独犯行であることを自供している。彼の名前はジョン・レノンの人生を語る場合、常に登場する。「有名になりたい」という願いは不幸にも彼の場合は実現したわけだ。彼(65)は現在も服役中だ。

極右過激派テロ事件でも「大量殺人をして有名になりたい」と考えたテロリストが多い。その代表的なテロリストはノルウェーのオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害したアンネシュ・ブレイビクだろう。

彼は2011年7月、犯行前にマニフェストを公表し、そこで欧州を席巻しだしたイスラム教への憎悪を表明しているが、その根底には自身をキリスト教を救う騎士と考えての発想があった。(「独銃乱射事件の犯人と『ブレイビク』」2016年7月24日参考)。

ニュージランド(NZ)中部のクライストチャーチにある2つのイスラム寺院(モスク)で昨年3月15日、銃乱射事件が発生し、49人が死亡、子供を含む少なくとも20人が重傷を負うテロ事件が起きた。犯人は白人主義者でイスラム系移民を憎む極右思想を信奉する28歳のブレントン・タラント容疑者(Brenton Tarrant)だ。

彼はノルウエーのブレイビクを尊敬し、ブレイビクのように有名になりたいという思いがあった。両者ともキリスト教の白人社会を守るテンプル騎士団の騎士を自負していた。

同国のアーダーン首相は事件直後、「われわれは彼を名前で呼ぶべきではない」と国民やメディアにアピールした。彼の名前をメディアで報じれば、犯人の名前は人々の口から飛び出し、有名になるからだ。エフェソス市民の懸念だ。

全く別の分野だが、デンマークのハンス・クリスチャン・アンデルセンは貧しい家庭出身者だった。彼は15才の時、有名になりたい一心でコペンハーゲンに出て、俳優やオペラ歌手などさまざまな仕事に就いている。彼の動機は一つ、貧窮下で苦労した両親のようではなく、社会で認められる人間になりたいことだった。

コペンハーゲンにある「人魚姫」の銅像(Alex DROP/Flickr)

アンデルセン研究家は「彼には有名になりたいという思いが非常に強かった」と述べている。アンデルセンは次第に児童文学の道に入り、最終的には児童文学作家としてその名を残した。彼の場合、「有名になりたい」という願いが生産的な結果をもたらした好例だ。

それにしても、殺人、テロ、放火など不法な手段を駆使してまで「有名」になりたいという思いはどこから生まれてくるのか。自分は他者とは違うという病的なまでの巨大な選民意識があるからだろうか。“現代のヘロストラトス”は自身の名を歴史に残すためにチャンスを伺っているかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。