現代社会においては、賢人の独裁はあり得ず、凡人による集団統治が原則であり、そこでは、専門的能力をもつ凡人によって構成される執行部門と、広い視野と冷静な判断能力をもつ凡人によって構成される監視部門を分立させることで、独裁化、衆愚による無決定などの弊害を排除している。年金基金等の機関投資家における投資の意思決定の仕組みも同じである。
しかし、ここに難しい問題がある、即ち、専門的能力をもつ凡人は凡人ではなく賢人ではないのか、専門的能力をもつ賢人の権限を大きくした賢人統治が望ましくはないのか、投資は、最高度に知的な創意の発現として、賢人統治に馴染むのではないか、凡人の集団統治では、衆愚による無決定に陥りやすいのではないのか。
ところで、大きな損失が発生しない限り、統治構造が問題になることはない。成功している限り、誰も統治を問題にせず、統治のあり方が問題になるのは失敗したときだけだ、これが人間社会の動かし得ない現実である。いうまでもなく、成功しているのは統治が有効に機能しているからで、失敗するのは統治に欠陥があるからだというのは、典型的な後件肯定の誤謬である。しかし、社会心理的には、論理的誤謬も罷り通る。
こういう社会の避け難い制約のもとでは、凡人の集団統治は機能しない。失敗を恐れる凡人の合議は無決定に陥るからである。故に、解は二つしかない。第一は、賢人支配への傾斜であり、第二は、凡人の集団統治において決断を可能にする仕組みである。
要は、決めるという一点だけが問題なのであって、そのためには、賢人的な専門家の高度な知見を活かすほかなく、最高意思決定機関における凡人の合議において、下部機構である事務局のなかにいる専門人材の知見を尊重するように議事を進めればいいのである。
例えば、否決するときは、否決の理由を議事録に明瞭に記載すればいい。議事録が開示されることを考えれば、専門的知見に基づく合理的な事務局提案を素人の心理的動揺で否決することは、簡単ではない。最高意思決定機関の機能は、形式的には決定であっても、実質的には専門的判断を行うことではなく、凡人ならではの冷静で中立的な視点による監視であり、専門的判断の承認にすぎないのである。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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