「ノルド・ストリーム2」完成できるか

長谷川 良

ロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設はバルト海上にあるデンマーク領ボーンホルム島(Bornholm)で既に7カ月間、停止状況が続いている。その主因は同プロジェクトに反対する米国側の制裁警告だ。

▲「ノルド・ストリーム2」プロジェクト(ガスプロム公式サイトから)

▲「ノルド・ストリーム」と「ノルド・ストリーム2」のルート図

同プロジェクトはロシアの天然ガス独占企業「ガスプロム」とドイツやフランスなどの欧州企業との間で2005年、締結され、第1パイプラインは2011年11月8日に完成し、操業を開始した。2本目のパイプライン建設「ノルド・ストリーム2」は計画では2019年に完工する予定だったが、米国側が「ドイツはロシアのエネルギーへの依存を高める結果となる。ひいては欧州の安全問題にも深刻な影響が出てくる」と強く反対してきた。

米国は昨年12月、「ノルド・ストリーム2」の建設に西側企業が参加することを禁じる制裁を発動した。そして超党派の米上院議員グループは先月、「ノルド・ストリーム2」に絡む現行制裁措置の拡大法案を提出したばかりだ。

ポンペオ米国務長官は7月30日、「ノルド・ストリーム2」について、「欧州の安全を守るために米国はあらゆる措置を講じる」と強調した。具体的には、2017年の新制裁法「制裁による米国敵性国家対抗法」(CAATSA)の拡大適用だ。同長官は、「パイプライン建設から手をひくか、さもなければ痛い目に合う」とカーボーイ的な警告を発している。ちなみに、米国の制裁警告を受け、スイスのオールシーズはパイプ敷設作業を停止している。

一方、同プロジェクトのロシア側代表、ガスプロム社はパイプラインを自力で完工すると宣言し、プロジェクトの残り約150キロ(120キロはデンマーク領海、30キロドイツ領海)を完成させるためにロシア保有のパイプ敷設船2隻を出動させたばかりだ。

「ノルドストリーム」は従来のウクライナ経由やベラルーシ迂回ではなく、政情が安定しているバルト海底経由で天然ガスを運ぶ計画で、ドイツを含む欧州諸国では歓迎の声が支配的だった。

「ノルド・ストリーム2」計画によれば、全長約1200キロで、最大流動550億立法メートル、パイプラインはロシアのレニングラード州のヴィボルグを起点とし、終点はドイツのグライフスヴァルト。パイプラインが完成すれば、ドイツは全電力の3割をカバーできる。

ドイツは脱原発を目指しているため、天然ガスの供給は不可欠だ。「ノルド・ストリーム2」計画が完了すれば、ドイツはロシアから安価なガスをこれまでの2倍確保できる。ドイツ企業サイドでは「米国産の液化天然ガス(LNG)は高価すぎる」という声が聞かれる。

ドイツのアルトマイヤー経済相は先週、パイプライン建設に関わる西側企業への経済制裁について、「自国の国境外の活動への制裁は国際法に違反する」と米国を批判した。同時に、米国との対立激化を回避するために、「ドイツ政府は問題の解決に米国と話し合う用意がある」と述べている。同相によると、「米国はLNGをドイツに輸出できる」とオファーを出している。

トランプ大統領は「ノルド・ストリーム2」建設に対して、「米国はロシアの軍事的脅威からドイツを守っている一方、ドイツはロシア産の天然ガスを手に入れ、モスクワに巨額の収入を与えている」と、メルケル政権を厳しく批判してきた。それに対し、「米国はLNGを欧州に輸出したいために反対しているのだ」といった反論も聞かれる。

独日刊紙ヴェルト日曜版(7月26日号)によると、米国は「ノルド・ストリーム2」に関与するドイツ、欧州の企業に、ここにきて一層圧力を強めている。米国側は参加企業をビデオ会議に招き、「関与すれば、強烈な制裁を余儀なくされるだろう」と脅迫したという。

既存の「ノルド・ストリーム」と並行してバルト海の海底に施設される「ノルド・ストリーム2」計画のため、ガスプロムは欧州のエネルギー関連5社(英蘭系ロイヤル・ダッチ・シェル、フランスのエンジーなど)と連携し、欧州のガス総輸入量の約4割を供給することになっている。

ロシアは「ノルド・ストリーム2」によって、①ドイツへのガス輸送量を倍増、②ウクライナへの巨額の通過料を節約でき、親欧派のウクライナへの圧力を強化、③米国産LNGの欧州輸出を妨げる、といったメリットを期待している。

デンマークのエネルギー当局は7月6日、建設継続作業を認可したが、残り150キロの海底パイプライン建設がいつ再開するかは未定だ。パイプライン建設はプーチン大統領にとってロシアの威信をかけたプロジェクトだけに、米国と容易には妥協できない。一方、ドイツを含む欧州諸国にとっては安全なエネルギー確保は国民経済の死活問題だけに、米国の要求に応じ難い。そして米国にとって、ロシアと欧州を相手に制裁一本で対応するのはやはりしんどいだろう。残り150キロの海底パイプライン建設はこれまで以上に長く、困難が伴う作業となることが避けられない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。