創業者が辞められない訳

企業の創業者や同族会社の「完全退任」はなかなか難しいものです。ひと昔前に創業された同族系企業では創業者が既に無くなっており、その家族、親せきが脈々とそのブラッドを引き継ぐケースは多いものです。

豊田章男社長(トヨタイムズ:編集部)

日本を代表するトヨタ、キッコーマン、パナソニック、キヤノン、ブリヂストンといった会社からもめ事で話題になった大塚家具、大戸屋、出光興産、セブン&アイなど驚くほど多いものです。少し前ですが週刊ダイヤモンドが取りまとめた全上場企業の同族率は53%にも及ぶとされます。

また一代で築き上げた創業者としての企業も数多くあります。ソフトバンク、ファーストリテイリング、日本電産だけではなく、ニトリ、大戸屋にTOBを仕掛けたコロワイドや様々なゲームアプリ系企業を含め、新興市場には書ききれないほど存在します。

孫正義氏(本人ツイッター:編集部)

創業者がある一定年齢になって家族ではない第三者にバトンを渡し、株も全部譲り、完全離脱の「さようなら」が言えるケースはZOZOの前澤氏以外、あまり耳にしません。なぜでしょうか?

日経に「アップル変心、鴻海に試練 郭氏退任1年で環境急変」という記事があります。シャープを買収して一躍有名になった台湾の鴻海。創業者の郭台銘氏は台湾総統選挙に出馬したこともあり、同社から身を引きました。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いでEMSという分野を世界に知らしめ、その代表的存在となり、小さな台湾が巨大な中国本土で数多くの工場を抱え、何十万人という従業員を抱えるという構図でスマホなどの製造業に新分野を築きました。が、今、同社はやり手で同社と郭台銘氏の精神を理解している新董事長が就任していますが、経営のかじ取りの難局が訪れているというのです。

日本で選挙立候補の為、創業者が退任して経営がおかしくなったケースは渡邉美樹氏が創業したワタミがあります。2011年に渡邉氏は都知事選に立候補するために会長を退任、落選するもののその後、参議院選で当選し、経営からは遠ざかる間、それまで順風満帆だったワタミの経営は一気に崩れ、「居酒屋が酔っぱらって酩酊したような経営」状態に陥ります。渡邉氏が結局、19年に会長に復帰し、立て直しを図るという構図であります。

渡邉美樹氏(本人公式サイト:編集部)

社長を辞めたのに復帰したケースはずいぶんあるものでファーストリテイリングの柳井氏もその一人でした。

私も創業者なのでその気持ちはよくわかります。なぜ、辞められないか、それは創業者の経営とは風船をぷーッと膨らました状態でパンパンに張り詰めた経営をしているからであります。空気が抜けないし、穴が開けばすぐにパッチを張り、会社を守り、従業員や顧客を考え、企業価値を維持する緊張感と熱意が異次元の世界にあるのです。誰にその代役が務まるのでしょうか?経営手法でもなく、人の扱いでもない、営業上手が決め手でもないのです。答えは大なり小なり持ち合わせているカリスマ性です。これは真似できないのです。

江戸時代、商店の番頭が店を貰うという話はあまりなかったと思います。店のことは1から10までどれだけ精通していても番頭は番頭、なぜかといえば守ることしか考えなかったのです。よって小説の題材では番頭は自分の店に他人のブラッドが入ろうものなら死力を尽くして排除することだけを良しとしたのです。でも商店主は必ずしもそうではないのです。

アメリカの経営と何が違うのか、なぜ日本には同族が多いのか、といえばその雇用に背景があると考えています。会社を支える従業員は会社に対する忠誠心がアメリカのそれとは比較にならないぐらい高いのです。それはカリスマ経営者に雇われたという意識とカリスマの元で働かせてもらっているという意識です。これが逆に日本の強さでもあり、創業者が亡くなったあともあたかもその創業者に引き続きお仕えするような姿勢が組織の強化を生んでいると考えています。

アメリカは幹部でなければ会社との関係は給与や待遇といったドライで割り切れる関係です。長く勤めている人もいるではないか、と反論があるとすればその多くはその企業が提供しているベネフィット(ホテル宿泊、航空機のほぼ無料の利用、会社商品の社割販売、ランチ無料、株を持たせる…)が優れておりモノでつられているケースが多いとみています。

アメリカなら同族経営じゃ社長になれない、だから自分の将来性がないと考える優秀な幹部が多いものです。一方、日本は同族という傘が好きなのでしょう。何かに守られているような保守的で保険のような存在が雇用の安定志向が強い日本では貴重なエレメントかもしれません。

創業者が辞められない訳は辞めた瞬間、組織は崩壊する危険にさらされるから、というのが私の見立てです。勿論、ほかにも理由はあるはずですが、人があっての会社だということを創業者はよくわかっているということでもあるのでしょう。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年8月17日の記事より転載させていただきました。