アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司
8月19日と20日、中国担当外交トップ、楊潔篪・国務委員が、シンガポールを訪問した。同21日、楊国務委員は訪韓し、翌22日、韓国の徐薫国家安保室長と釜山で会談を行った。中国政府高官の訪韓は、昨2019年末、中国で「新型コロナ」の感染が確認され以来、初めてである。
中国は「新型コロナ」の世界的な蔓延下、「戦狼外交」(周囲の国々に対して強硬策で臨む)を展開した。そのため、朝鮮半島や一部のASEAN諸国を除き、我が国をはじめとする周辺国・関係国等は中国への反発が強い。特に、米トランプ政権は、少なくとも2つの空母打撃群を南シナ海へ派遣し、対中戦争も辞さない構えを見せている。
それに驚いた中国共産党は、この夏の北戴河会議で、今後、外国に対し「ソフト戦術」の採用を決定したと伝えられる(ちなみに、香港を含む国内では「強硬路線」を継続するという)。
2016年、韓国がTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)導入以降、中韓関係は冷え込んでいた。そこで、習近平政権は、“四面楚歌”の状況を打破しようとして、韓国へ“特使”を派遣したのではないだろうか。
楊徐両氏の会談ではいくつかの問題が話し合われた。
第1に、両氏は、中韓貿易に関して意見交換をしたという。
中韓は日米等と比べて貿易依存度が高い。そのため、昨今の「新型コロナ」による世界経済の停滞は両国経済に与えるダメージが大きいのではないか。そこで、中韓自由貿易協定(FTA)第2段階交渉を加速化させるという。
第2に、両氏は、日中韓の“3ヶ国首脳会談”を年内に開く事で一致したという。
現在、日中関係及び日韓関係は悪化の一途を辿る。そこで、中韓としては、“3ヶ国首脳会談”という枠組みを使って、対日関係の改善を模索しているのではないだろうか。
第3に、両氏は「新型コロナ」の感染拡大が落ち着いたら、習近平国家主席の訪韓を調整することで合意したという。
本来ならば、今年4月、習近平主席が、訪日後、韓国へ立ち寄る予定だった。しかし、日中共に、「新型コロナ」の蔓延で習主席の来日がキャンセルされている。同時に、主席の韓国訪問も流れた。一方、北京としては韓国の文在寅政権に対して、習主席訪韓を実現させ、外交得点を稼いでもらう思惑があるのかもしれない。
近頃、文在寅政権の支持率が下降している。例えば、韓国の世論調査会社「リアルメータ―」が実施した今年8月第1週(8月3日~7日)の調査によれば、文在寅大統領の支持率は43.9%と前週よりも2.5ポイント下がった。逆に「支持しない」は3.0ポイントアップして52.4%となっている。「不支持」と「支持」の差は前週の3.0ポイントから8.5ポイントに広がった。
中国共産党にとっては、「親北派」である文在寅政権は好ましい存在である(逆に、野党は「親米派」が多い)。したがって、北京は今の与党・「共に民主党」候補が、次の大統領選挙でも勝利して欲しいだろう。そのため、韓国政治にテコ入れしようとしているのではないだろうか。
第4に、両氏は北朝鮮についても触れたという。
よく知られているように、北朝鮮は恒常的に食糧難で、厳しい経済状況下にある。直近では、水害に遭い、“人道支援”という名の経済援助が必要となっている。そこで、北朝鮮が(面子問題があるので)直接、韓国に支援を依頼するのではなく、中国が北に代わって韓国へ依頼する形の方が良い。その方が韓国から北への“人道支援”がスムーズに進むのではないだろうか。
目下、北朝鮮の政治は不可解な状態が続いている。今年4月、金正恩委員長に健康上の問題が発生した。だが、翌5月1日以降、あたかも金委員長が健在かの如く、しばしば影武者を登場させている。実際には、金委員長は脳死状態か、死亡している可能性が高い。
そうでなければ、実妹の金与正・朝鮮労働党中央委員会組織指導部第1副部長(金委員長を除く、事実上、ナンバー1)が、全面的に表に出る必要はないだろう。ただ、金与正副部長は、今年7月27日以降、約1ヶ月、姿を見せていない。他方、李雪主夫人も、ここ120日間、姿を現していないという。
その7月27日、北朝鮮で「第6回老兵大会」が行われた。脱北した北朝鮮専門家の金興光氏によれば、その際、金委員長と見られる影武者と一緒に、玄松月・三池淵管弦楽団団長が壇上にあがっている。玄松月団長は、金委員長の愛人と言われていたが、ついに表舞台に登場したのである(一時、粛清説が流れた)。
仮に、3名の女性達が、金王朝内で権力争いを始めたという噂が事実ならば、北が揺らいでいる証左である。同王朝における権力闘争の行方は予断を許さないだろう。
澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年8月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。