欧州の政界を変えたメルケル首相の「発言」

あれから5年の月日が経過した。2015年8月31日、ドイツのメルケル首相が記者会見で欧州に殺到する難民対策について「Wir schaffen das」と語って以来、その発言はメルケル首相のトレードマークとなった。その後も何かある度に、「Wir schaffen das」という表現がドイツのメディアや政治家の口から飛び出してきた。

▲難民に説明する警察官

▲ドイツ行きの列車を待つ難民家族(2015年9月15日、ウィーン西駅構内で撮影)

歴史を動かした政治家の発言集が出来れば、メルケル首相が発した言葉もその一つに入るだろう。「Wir schaffen das !」は日本語に訳すならば、「我々は(難民問題)を解決できる」といった意味となる。問題解決への楽観的な見通しを表現したものであり、語る人間の信念を吐露した内容といえるだろう。

参考までに、2015年8月31日の記者会見でのメルケル首相の発言をドイツ語で紹介する。

Deutschland ist ein starkes Land. Und das Motiv, in dem wir an diese Dinge herangehen, muss sein: Wir haben so vieles geschafft – wir schaffen das!

問題はメルケル首相の発言後だ。メルケル首相の発言を聞いたシリアや北アフリカ諸国から100万人以上の難民が欧州に殺到したのだ。もし、欧州の盟主、経済大国のドイツのメルケル首相が「難民は収容できない」と言っていたならば、100万人以上の難民が欧州に向かうことはなかっただろう。

しかし、旧東独の牧師の家庭に育ったメルケル首相は、「欧州は中東・北アフリカの難民を迎え入れることができる」、「欧州には十分な場所がある」と発言し、難民歓迎政策を表明したのだ。

厳密にいえば、メルケル首相の歓迎発言だけではない。メルケル首相がシリアからの難民青年とセルフィー(自撮り)を撮るシーンが世界に配信されたことも大きい。その写真を見たシリアの若者たちは、「ドイツに行けば、首相と写真が撮れる」と考え、旅行カバンに荷物を詰め込んで家を飛び出した青年たちが多くいたことだ。

それに先立ち、ドイツ連邦移民・難民庁は8月25日、「難民は最初に入国した国で難民申請をしなければならない。申請手続き後、別の国に移動した場合、難民申請をした国に送り返される」と明記したダブリン規約をシリア難民に対しては適応しないことを決定した。その結果、大多数のシリア難民はドイツ入りを希望して殺到する結果となった。

難民殺到に直面し、メルケル首相は自分の発言を秘かに後悔したかどうかは知らないが、同首相の難民歓迎政策は欧州最大の政治問題となっていった。欧州連合(EU)本部のブリュッセルがまとめた難民分担収容案はハンガリー、ポーランド、スロバキアから拒否されただけではなく、欧州各国で難民排斥運動が台頭し、その後実施された選挙では反難民を主張する極右派政党が急速に台頭し、既成政党はどの国でも苦戦を余儀なくされていった。

ドイツの政界をみれば、メルケル首相の与党「キリスト教民主同盟」や「社会民主党」既成の2大政党は選挙の度に大きく得票率を失う一方、新党の極右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が連邦議会選で大飛躍した。フランス、オランダ、オーストリアでも反難民政策を標榜した極右派政党が躍進した。欧州の政界図は大きく右に傾いていったわけだ。

あれもこれも、メルケル首相の「我々は出来る」といった発言の結果なのだ。歴史家は後日、メルケル首相の発言をどのように評価するだろうか。「軽率な発言」と一蹴するか、「人道主義に基づいた理想肌の政治家の発言」として一定の評価を下すだろうか。

歴史家が評価を下すまで多分、まだ時間があるだろうから、「メルケル首相の発言」が誘発した現象をまとめておきたい。

先ず、マイナス現象だ。

①治安が悪化した。難民の中にはイスラム過激右派テロリストが紛れ込んでいたために、欧州でテロ事件が発生した。特に、フランスやドイツでイスラム過激派テロ事件が起きた。

②欧州社会でイスラム・フォビア現象が生まれ、同時に、難民の多くは母国で反ユダヤ主義教育を受けてきたこともあって、反ユダヤ主義が欧州で再び拡大してきた。

③外国人排斥傾向が高まっていった結果、極右派政党が台頭し、欧州政界の構図を変えた。

次は、プラス面だ。

①社会の高齢化、少子化が進む欧州社会では労働者不足が深刻だったが、多数の若い世代の難民が殺到したことから、労働者不足解決の道が開かれた。ドイツでは「医者や高等教育を受けた難民を歓迎する」と言い出す企業も出てきた。

②キリスト教社会の欧州では、困窮下にある難民を救済しなければならないといった人道主義的な思いが強い国民が少なくない。難民を受け入れることでその良心の叫びを鎮めることができた。多分、牧師の家庭に育ったメルケル首相にも言えることかもしれない。

100万人余りの難民が欧州に入った。政治家たちはオロオロする一方、民間の人道支援グループ、非政府機関(NGO)、慈善団体などの活躍で難民は収容されてきた。EUは今日、域外国境の監視強化を実施する一方、リビアなどアフリカからの難民対策のため海上警備にも力を入れてきた。ただし、EUは加盟国間の意見の対立もあって統一した難民移民政策、コンセプトを構築できないでいる。

人間の活動はグローバル化する一方、貧富の格差は大きな社会問題となってきた。社会の高齢化、少子化が進む一方、労働者不足も深刻化してきた。移民・難民問題は今後も大きな課題だろう。メルケル首相の「我々は出来る」という発言内容が今後、どのように変容していくか分からないが、近未来への楽観的な姿勢と確信だけは失いたくないものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。