人は倦むが「ウイルス」は休まず

会社経営者にとって経営不振に陥った時、幹部社員の前で間違いを認めることは容易ではないだろう。一国の指導者の場合はどうだろうか。民主国家の場合、選挙が行われるから、失政した場合、国民からその責任を追及され、最悪の場合、政権を失う。

▲第2のロックダウン実施を発表するイスラエルのネタニヤフ首相(2020年9月13日、イスラエル首相府公式サイトから)

新型コロナウイルスが感染拡大し、多くの犠牲者が出た場合、野党だけではなく、国民からも批判の声を受け、説明責任を求められる。ウォーターゲート事件報道で有名なボブ・ウッドワード記者はその新著「Rage」で、トランプ大統領は新型コロナ感染当初から危険な感染症であることを知っていたが、国民がパニックに陥ることを避けるために軽く語ってきた、と述べたと記述している。

どの政治家にとっても自身の過ちを認めたり、修正することは簡単ではない。強い指導力を発揮してきた政治家にとっては、威信を失い、国民から厳しい非難を受ける羽目となるからだ。新型コロナ感染の拡大後、コロナ対策を大きく変えた指導者の1人は英国のジョンソン首相だろう、新型コロナに感染し、集中治療室のお世話になったこともあって、新型コロナの恐ろしさを身をもって体験した数少ない政治家だ。

同首相はトランプ大統領と同様、新型コロナを通常のインフルエンザと同程度と軽く見てきた。その首相が今、「隔離期間の遵守などを守らない国民には厳格な刑罰を下す。政府は与えられたすべての権限を駆使して新型コロナ感染拡大を阻止する」と決意を表明している。パブの営業時間の制限や私的な集まりへの人数制限などの導入が考えられている。

ちなみに、“ブラジルのトランプ”といわれるボルソナロ大統領も新型コロナに感染したが、幸い軽症で隔離期間後は政務を再開した。同大統領はジョンソン首相とは異なり、体験したものの、「なんだこの程度なら問題はない」と受け取ったのかもしれない。実際、ブラジル政府の新型コロナ対策はその後も大きく変わったとは聞かない。

欧州では新型コロナの第2波の時を迎えている。チェコのバビシュ首相は、「夏季休暇のために新型コロナ規制を緩和したのは間違いだった」と後悔の念を表明している。チェコは現在、スペイン、フランスに次いで欧州で最も新規感染者が急増している国だ。

バビシュ首相は21日夜、テレビ演説で、「わが政府は新型コロナ対策で失敗を犯してしまった。夏季休暇の開始前に新型コロナ規制を緩めてしまったことだ」と述べている。その責任を取って、同日、アダム・ボイテック保健相が辞任表明したばかりだ。バビシュ首相は、「夏季休暇を控え、国民の高揚した気分につられ、規制を緩めてしまった。同じ過ちを犯してはならない」と繰り返し強調している。

チェコは新型コロナが欧州に感染を広めだした直後、いち早く厳格な規制を実施し、外でのマスク着用を義務化、感染者の広がりを抑えることに成功し、世界からも高い評価を受けた。しかし、夏季休暇の開始前にその規制の大部分を緩めてしまった結果、今月17日、3130人の新規感染者が出て、最多記録となったのだ。

同国のヤン・ハマセク内相は、「わが国の状況は深刻だ」と強調、「病院関係者は月に12万人の新規感染者が出れば、医療は崩壊すると警告を発している。政府はそのような最悪のシナリオを回避するために最善を尽くさなければならない」と述べている。

チェコの例はイスラエルの状況と酷似している。イスラエルは新型コロナ感染が広がった直後、厳格な規制で感染を抑え、チェコと同様、「さすがに危機管理が進んでいる国だ」と評価されたが、夏季休暇後、チェコと同様、新規感染者が急増したため、今月18日から10月11日まで約3週間の予定で第2のロックダウン(都市封鎖)を実施中だ。同国では今月に入り、4000人以上の新規感染者が出ている。16日には6000人を超えた。

第1波の時、新型コロナ対策で成果を挙げ、世界で評価されたチェコやイスラエルの現状をみると、オーストリアのクルツ首相の「新型コロナウイルスは夏季休暇を取らない」といった言葉を思い出す。国民が夏季休暇に浮かれ、新型コロナの規制を緩め過ぎた場合、大変なことになると示唆していたことが今、現実となっているわけだ。

世界保健機関(WHO)のハンス・クルーゲ欧州担当事務局長は14日、「欧州で10月、11月に多くの死者が出る危険性がある」と警告を発している。欧州の国民はパニックになる必要はない。今年3月、4月にかけ新型コロナ対策を学び、それを実行してきた。それを思い出して、新型コロナ感染の規制強化に対し、不平不満を言わず、自身の責任を実行する以外にないだろう。

一方、どの国家の指導者にとっても新型コロナ感染対策は初体験であり、新型コロナの全容が解明されていない時点では、試行錯誤の域を越えられない面があるだろう。政策がうまくいかない時、それを躊躇なく修正し、成果を挙げている国があれば、電話してその成功談を聞けばいい。指導者も国民も忍耐が必要だ。「急がず、しかし休まず」といったドイツの文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749~1832)の言葉を贈りたい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。