コロナ禍で欧州不法麻薬市場は激変

ポルトガルのリスボンに拠点を置く「欧州薬物・薬物依存監視センター」(EMCDDA)は22日、欧州連合(EU)の「2020年麻薬報告書」(88頁)を公表した。それによると、中国武漢発の新型コロナウイルス(covid-19)の欧州感染の拡大を受け、加盟国が外出自粛など規制に乗り出した結果、麻薬市場、麻薬の消費状況が激変した。具体的には、ダークネット、ソーシャルプラットフォーム、郵便パケット、地元の配達業者などを利用した不法な麻薬取引が増加した。また、麻薬中毒者支援関連施設での活動にも制限が出てきているという。

▲EMCDDAが22日に公表した「2020年麻薬報告書」

EMCDDAの Alexis Goosdeel 事務局長は「Covid-19パンデミックは麻薬接取、麻薬供給、麻薬中毒支援関連活動に破壊的な影響を与えた。麻薬組織犯罪グループは路上で密売することが難しくなったので、素早く活動方向を変えている。ただし、覚せい剤の製造メーカーやカンナビス製造業者にはロックダウン(都市封鎖)の影響はほとんど見らない」という。

欧州の不法麻薬接取ではコカイン消費の割合が大きい。欧州では430万人がコカインを摂取。15歳から64歳の1・3%に相当し、前年比で40万人増加した。コカインに次いで多い不法麻薬接取はエクスタシー(MDMA)だ。昨年、270万人が接取、前年比で10万人が増加。アンフェタミン類の接取者は推定200万人で前年比で30万人増加している。

非常に危険なオピオイド(麻薬性鎮静薬)接取は130万人と大きくは変わっていない。ただし、過剰接取による麻薬中毒死の82%はオピオイドが絡んでいる。オピオイドとは「麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイドおよびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称」(日本緩和医療学会公式サイト)という。EMCDDA報告書によれば、麻薬過剰摂取による中毒死者数はEU内で総数8300人、トルコとノルウェーを含むと9200人となる。麻薬中毒死者の平均年齢は41・7歳だ。

また、EMCDDAが懸念しているのはヘロインの押収量が年々増加していることだ。押収された不法麻薬類で最も多いのは大麻製品(マリファナ製品)で、全体の69%だ。大麻ハーブは今日、10年前に比べ、テトラヒドロカンナビノール(THC)の含有量が倍化している。THCはカンナビノイドの一種。多幸感を覚えるなどの作用がある。また、過去3年、欧州では毎週、新精神作用物質( New Psychoactive Substances )が押収され、検出されている。2019年までに53種類のNPSが見つかった。その中には8種類の不合法な合成オピオイドが含まれていた。

卑近な例を挙げる。オーストリア内務省犯罪局は6月10日、「2019年麻薬報告書」を公表した。それによると、麻薬関連法(SMG)違反告訴件数は前年比5・6%増、4万1044件から4万3329件に増えた。その件数はこれまでの最高を記録した。件数が急増した主因としては、「インターネットで不法麻薬を注文し、郵便で郵送する件数が増えたことだ」と指摘している。

同報告書は「2019年に入り、郵便で不法麻薬を密輸入する件数が増加してきた。昨年1月から12月の期間、同国税関所では約9100件の不法麻薬郵便物が押収された。トータルで約232キロの麻薬と6万7300錠の不法麻薬が郵便物の中に隠されていた。不法麻薬の容疑者は主にダークネット市場経由で注文している。オーストリアで押収された約75%はオランダから郵送されている。麻薬対策をする警察側はダークネットで注文される不法麻薬対策のために国際協調が必要不可欠となってきた」と警告を発している。

それに先立ち、オランダのハーグに本部を置く欧州刑事警察機構(ユーロポール)は3月27日、「欧州に新型コロナウイルスの感染が拡大し、多くの犠牲者が出てきて以降、新型コロナへの国民の不安、恐れを悪用した犯罪が急増してきた」と警告する報告書を公表した。

報告書は「組織犯罪グループは新型コロナ危機を利用して、どのように利益を得ているか」というタイトルで、通常の犯罪(家宅侵入窃盗など)が急減する一方、新型肺炎に効果的という宣伝文句で治療薬、薬品の偽造品取引、サイバー犯罪が増えてきた。麻薬犯罪もその中に入るわけだ(「新型コロナが変えた欧州の『犯罪図』」2020年3月29日参考)。

すなわち、新型コロナ感染が拡大する前から、ダークネット、郵便などを利用した不法麻薬取引が広がっていたが、新型コロナの感染拡大でその傾向が加速されてきたというべきだろう。

対応側が感嘆するほどに、麻薬犯罪グループは時代のトレンドを素早くキャッチし、適応しながらビジネスを継続していく。その判断力、適応性には驚く。多くの人々が新型コロナ感染の拡大で動揺し、不安に陥っている中、その不安さえも巧みにビジネス化し、利用するやり方はまさに“悪知恵”といわざるを得ない。負けてはいられない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。