9月24日、自民党教育再生実行本部は1クラス30人以下の少人数学級の実現に向け、政府に義務教育標準法の改正を求める決議を採択し、荻生田光一文部科学大臣に決議文を手渡した。
小中学校のクラスの上限人数は、同法が制定された1959年度には50人であったが、64年度に45人、80年度に40人に引き下げられた。その後もさらなる改善を期待する声は多かったのだが、財政難を理由に先へは進まず、2011年度になって、ようやく小学1年生のみが35人、12年度には法改正を伴わない教員の追加配置によって、小学2年生も35人と
なった。
もし本当に30人以下学級が実現すれば40数年ぶりの抜本改革となるわけだが、38年4カ月教壇に立った経験をもつ(半端がある理由は定年退職・再雇用後の福島県教育委員会による不当な雇い止め)私にとって、このニュースを聞いた時の率直な感想は「えっ、今頃になって?」であった。
まあ、長年陽の目を見なかった案件が動き出した理由が新型コロナウィルス対策で「3密」を避けるためというのも変な話だが、それでも教員の配置改善自体は歓迎すべきだと思う。ただし、言い出したタイミングが最悪なのだ。まさに10年遅かったと言うほかない。
試算によると、少人数化に必要な教員数は8~9万人とされるが、現在のこの状況の中、それだけの人数、しかも子供たちの教育を担うに足る優秀な人材を揃えるというのはほとんど夢物語の世界である。
それでなくても、教育現場における人手不足は深刻で、朝日新聞の調査では2019年5月1日時点で、全国の公立小中学校における教員の未配置は1241件もあったという。産休・育休・病休を補充する講師が見つからないくらいはまだ序の口で、新学年の担任さえ決められない、管理職しか代理がいない、一部の授業は実施できていないなど、十年前に
はまるで想像もできなかったほどの惨状だ。
もちろん足りなければ新たに採用すればいいわけだが、困ったことに教員採用試験の倍率は年々低下し続けている。この夏に実施された2021年度の試験の速報によると、例えば東北・関東地区の小学校の倍率は以下の通り。
青森県 2.0倍 宮城県 2.2倍 秋田県 1.9倍 山形県 1.6倍 福島県 1.8倍
千葉県 2.5倍 埼玉県 2.8倍 東京都 3.2倍 神奈川県 3.7倍(茨城県は不明)
一見すると、それなりの倍率のようだが、教員採用試験は地区ごとに受験日を揃えてはいるものの、他地区との併願が可能である。東北出身の大学新卒者の中で、本気で教員を目指す者はたいてい関東地区もどこか受けるし、関西や九州から東京の大学に進学した者は地元と東京都あるいはその近県の両方に出願するのが一般的だ。二次試験の日程
が重なったりするので無制限とはいかないが、最大4つくらいまでなら違う自治体へ願書が出せるらしい。
その上、受験者の中には民間企業との併願も多いはずだし、いわゆる記念受験も含まれている。さらに、上記の速報値のうち、青森、山形、神奈川以外は受験者ではなく、志願者を分母としているため、実際の倍率はもう少し低下するものと考えられる。
これらをすべて頭に入れた上で改めて見直すと、東京都の 3.2倍や神奈川県 3.7倍は決して高くない。何しろ、近年で最も過酷な競争となった2000年の教員採用試験は小学校の全国平均で実に約12倍もの倍率があったのだ。その頃であれば、いくらでも優秀な人材が採用できただろう。
教員就職氷河期と呼ばれた当時、意欲も適性もありながら結局は教壇を去ることになった若い講師の先生方を何人も知っているからこそ、「えっ、今頃?」と思ってしまうのだ。
教員採用試験の倍率低下や常勤講師・非常勤講師の不足の原因は複合的だが、根本的な解決策となると、教育現場の労働環境の改善しかない。とにかく、これだけSNSなどで教員の勤務のブラックさが話題になってしまうと、火中の栗を拾う勇気など出ないのがあたり前。
嘘のような実話だが、関東地区で公立高校の教員をしている知人が先日採用後20年目の研修を受けたところ、指導主事から「採用試験の受験者が減って困っている。生徒が教員の仕事に夢を抱かなくなるから、辛そうな顔で仕事をしないように」とご指導があったそうだ。
状況は絶望的なようだが、しかし、この問題に関して、現時点で実行可能で、即効性のある方策が一つだけある。それは教員免許更新制度の廃止だ。
教員免許法が改正され、有効期間がたった10年に変更されたのは2007年だが、その頃のマスコミの「教員叩き」は本当にすさまじかった。「教員の資質向上」が声高に叫ばれ、強い熱意と使命感のある者だけが教職に就くべきだとい偏った主張が行政を動かした結果なのだが、当時は教員就職氷河期の真っ直中で、志願者が余っていたからこそ出てきた愚策であり、今となっては何の役にも立たないばかりか、途方もなく弊害が大きい。
いわゆる「ペーパー・ティーチャー」の中から人材を探そうとしても免許が失効してしまっていることが多いし、「採用されなければどうせ10年で失効するのだから」という理由で、教員免許取得を目指す学生の数が減ってしまった。
どうせなら、更新制度を廃止するだけでなく、すでに失効した教員免許もすべて無償で復活させるべきである。さまざまなキャリアをもつ多彩な人材が教壇を目指せば閉塞した現状に風穴があくだろうし、自治体の教育委員会にとっても選択の幅が広がるのは大歓迎のはずだ。
歌の文句ではないが、「手間もかからず、元手もいらず」。前内閣から継続して重責を担うことになった荻生田光一文部科学大臣の英断を期待したい。