感染症対策の人材の「危機管理」を

オーストリアで5日午後、速報が流れた。クルツ連立政権の全閣僚が新型コロナウイルスの検査を受け、結果を待っているというのだ。クルツ首相の最側近が新型コロナに感染したことが判明したことを受けての措置だ。クルツ首相やコグラ―副首相ら閣僚たちは自己隔離状況で、その日の全日程をキャンセルしたという。トランプ米大統領が新型コロナウイルスに感染したというニュースは全世界を驚かせたばかりだ。covid-19はいよいよその魔の手を世界の政治指導者たちに伸ばしてきている。

▲新型コロナ感染対策で記者会見に臨むオーストリア政府関係者(2020年9月17日、オーストリア連邦政府公式サイトから)

▲新型コロナ感染対策で記者会見に臨むオーストリア政府関係者(2020年9月17日、オーストリア連邦政府公式サイトから)

クルツ政権の全閣僚が感染していた場合、オーストリアの政治はどうなるのだろうか。米国の場合、大統領が何らかの事情で職務を履行できなくなった場合、副大統領がその職務を継承する。トランプ氏の場合、ペンス副大統領だ。幸い、副大統領はこれまでの検査では陰性だった。オーストリアの場合はプロトコールから言えば、国民議会議長が連邦大統領の要請を受けて職務を暫定的に継続することになるかもしれない。

もう少しテーマを広げて考えてみる、会社ならば、社長が倒れれば、株主総会で新しい社長が任命されるまで副社長が社長職を担う。社長の他、会社の幹部が次々と感染した場合は少々大変だ。そこで現指導チームをAチームとすれば、平常時にBチームを構成し、常に準備しておくことで、緊急時にはAチームからBチームにその権限を移行させればいいわけだ。

これは会社だけに言えることではない。クルツ首相を含む現閣僚が感染した場合を備え、専門家から構成されたBチームを準備しておけば、国家の機能が停滞するという状況は回避される。感染症の場合、そのような危機管理が必要となる。なぜならば、短期間で多くの関係者に感染し、国、会社、組織の運営履行を不能とするからだ(オーストリアではイビザ騒動で国民党と自由党の連立政権が総辞職に追い込まれた時、次期政権が発足するまで憲法裁判所長官を歴任した無党派のブリギッテ・ビアライン氏を首班とした専門家内閣が昨年6月、緊急に組閣された)。

興味深い現象は最近、「セカンドの地位」の重要性が再認識されてきたことだ。感染症の拡大がその流れを後押ししたこともあるだろう。例を挙げる。米民主党副大統領が誰になるかに世界のメディアの関心が集まった。高齢で認知症の疑いがあるバイデン民主党大統領候補者が当選した場合、バイデン氏が任期4年間を全うできない状況が十分考えられる。バイデン氏が任期中に倒れた場合、副大統領が大統領職を引き継ぐことになる。そのため、民主党の副大統領候補者の行方に関心がいったわけだ。

同じことが日本の与党、自由民主党総裁選でも見られた。事前の調査では菅義偉現首相が圧倒的に強かったから、多くの国民の関心は誰がナンバー2になるかに注目が集まった。結果は岸田文雄氏が石破茂氏を破って第2位となった。菅首相がショートリリーフの役割を果たし、辞任した場合、党内の総裁選で2位となった候補者が次期総裁、首相の有力候補者と受け取られるからだ。

新型コロナの感染が世界的に流行して以来、「ファースト」より「セカンド」が注目されるケースが高まってきた。「ファースト」の後塵に甘んじる脇役といった屈辱的なイメージは消え、出陣の時を待つ戦士とみられてきたと同時に、「指導者の条件」と同じように、「第2の条件」が巷に囁かれ出してきたわけだ。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大唯一神宗教の「信仰の祖」アブラハムはその使命を全うできなくなった時、息子イサクが後釜になり、イサクの息子ヤコブが神の願いを果たし「イスラエル」の呼称を神より与えられた話は非常に啓蒙的な内容を含んでいる。

エジプトからイスラエルの民を率いてカナンを目指したモーセがその途上で失敗した時、モーセのポジションはヨシュアとカレブに引き継がれていったように、聖書の世界では神が選んだ指導者が失敗した場合を想定し、常に後継者が準備されている。イエスの場合もそうだった。イエスが人類の救世主キリストとしての使命を完全には全うできなくなった時、イエスは再臨を約束せざるを得なくなった。すなわち、第2のキリストの降臨は公約となったわけだ。それは「神の危機管理」といえるかもしれない。

アブラハムにイサクが、モーセにヨシュアがいなかった場合、トランプ氏にペンス副大統領が控えていなく、バイデン氏にハリス氏(副大統領候補者)がいなかった場合を考えてほしい。紛争とカオスが生じる。「セカンドの存在」は、それゆえに歴史を救ってきたといえるわけだ。

新型コロナ感染への危機管理として次期指導者の養成が不可欠となる。次期指導者の養成を怠ったり、後継者を政敵として粛正する独裁国家はその意味で持続的な発展は考えられないわけだ。いずれにしても、新型コロナだけではなく、様々な感染症は今後も人類を襲撃するだろうから、危機管理の構築が大切だ。特に、医療システムだけではなく、社会の指揮体制を守る人材の育成が願われる。

注:クルツ首相を含むオーストリア政府閣僚関係者は、新型コロナの検査で全員陰性だった。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年10月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。