学術誌ネイチャーの暴走:トランプ嫌いに続き、菅首相の学術会議批判も

高橋 克己

英学術誌「ネイチャー」は6日付の社説「ネイチャーが今まで以上に政治を扱う必要がある理由」を「Science and politics are inseparable」との一文で書き出した。記事は「今週、ネイチャーは11月3日にバイデンが勝つ場合のインパクトを概説し、科学に対するトランプの問題だらけの遺産を列挙する」と続く。

だが、表題と裏腹に、この社説では同誌がトランプ落選を願う理由を具体的には書いていない。「コロナ関連の研究が前例のない速度で行われている」にも拘らず、トランプが「政治指導者」として「科学に干渉する」一方、バイデンはそうではないことを示唆する程度だ。

画像出所:ネイチャー公式サイト、官邸サイト、Skidomore/flickr

ミソは「今週」だった。今後、社説で「政治家に、学習と協力の精神を受け入れ、様々な視点を尊重し、科学的学術的自治へのコミットメントを尊重するよう引き続き促す。科学と政治の関係を導いてきた慣習は脅威に晒されており、ネイチャーは黙って待つことはできない」と書いて稿を結ぶ。

そう見栄を切った通り、14日付の社説「ネイチャーが米国大統領としてジョー・バイデンを支持する理由」の内容は、高が学術誌如きがここまで書くか、といった激烈さだ。が、それについて書く前に6日付の社説にもう少し触れねばならない。

記事は「科学者が政治を超えて立ち上がるべき」対象の「政治指導者」として、ブラジルのボルソナロ大統領、インドのモディ首相と並べて菅義偉総理を名指しした。ボルソナロは、アマゾンの森林破壊が加速したとする国立宇宙研究所の報告を拒否し、所長を解任した咎で、モディは、経済データなどの公式統計に政治的影響を与えた咎で、そして菅総理の咎は次のようだ。

Prime Minister Yoshihide Suga rejected the nomination of six academics, who have previously been critical of government science policy, to the Science Council of Japan. This is an independent organization meant to represent the voice of Japanese scientists. It is the first time that this has happened since prime ministers started approving nominations in 2004.

拙訳:菅義偉総理は以前から政府の科学政策に批判的だった学者6人の日本学術会議への指名を拒否した。これは日本の科学者の声を代表することを目的とした独立組織だ。それは2004年に総理大臣が指名を承認し始めて以来、初めてのことだ。

証拠も示さずに「政府の科学政策に批判的」と書く辺りは、学術誌らしからぬ「ネイチャー」の一面を晒していると感じる。なぜなら、この件をスクープした「赤旗」を読む限り6名は「政府の科学政策」ではなく、安保法制や共謀罪の批判的だった。が、それらも確かに「人文科学」ではある。

そこで「ネイチャー」を少し調べてみると、これも権威ある学術誌の「サイエンス」(米国科学振興協会発行)が会員からの寄付で運営されているのに対して、「ネイチャー」は商業的な性格が強く、とりわけ社説などでは政治的な発言が多いことで有名らしい。

その14日の社説の書き出しは「We cannot stand by and let science be undermined. Joe Biden’s trust in truth, evidence, science and democracy make him the only choice in the US election.(我々は座して科学を弱体化させることはできない。ジョー・バイデンの真実、証拠、科学、そして民主主義への信頼は、米国の選挙で彼を唯一の選択肢にしている)」というもの。何やらCNNと見紛う。

続けて、米国の民主主義が「トランプが、証拠と真実を無視し、反対する人々を軽視し、女性に対する有毒な態度から生じる可能性のある被害を抑えるのに役立つことを期待した」のだが、「我々がどれほど間違っているかが判った」と手厳しい。

さらに「最近の歴史の中で、科学機関からメディア、裁判所、司法省から選挙制度に至るまで、これほど多くの貴重な機関を執拗に攻撃し、弱体化させた米国大統領はいない」とし、「トランプは米国第一主義を主張するが、パンデミック対応では米国でなく、自分自身を第一に考えた」と決め付ける。

これらはトランプ政権が、パリ協定やイラン核合意、ユネスコ、そしてパンデミックの最中のWHO離脱を指している。これを「ネイチャー」は「米国の長年の友人や同盟国との戦いを選び、重要な国際的な科学的および環境的協定や組織から離れた」とする。WHO離脱は1年の猶予があるはずだが。

そしてトランプはポピュリストで、ポピュリストは世界を「人」と「エリート」(研究者や研究所はここに含まれる)に分断すると書く。だが、むしろトランプこそ社会を分断しようとする勢力と戦っている、と考える者が、米国のみならず国際社会にも少なくないことを無視している。そして「シャイ」な共和党支持者ですら、40数%が世論調査でトランプ支持を表明していることも。

さらに、「トランプ政権の行動は、気候変動を加速させ、荒野を破壊し、空気を汚し、より多くの野生生物と人々を殺している」とし、トランプはまた「ナショナリズム、孤立主義、外国人排斥を促進した—白人至上主義者グループを暗黙のうちに支援することを含む」とする。だが実際は、トランプは白人至上主義を何度も否定している。

とどめは、「世界の学生や研究者にとってオープンで歓迎的な米国の評判は損なわれている。特に中国の研究者との国際的な科学的協力を思い止まらせるトランプの取り組みは、世界が、我々の前に高まる世界的な課題に取り組むことに成功するために必要なものとは正反対だ」との主張だ。後段は、千人計画や孔子学院の排除を指しているのだろうか。

15日の討論でトランプは、自らの47カ月とバイデンの47年間を対比した。コロナ禍が出来するまでの米国は、経済も雇用も実に絶好調そのもの、多くがトランプ再選確実と考えた。が、突如出来した未知のウイルスが、国際社会の多くの国々の指導者と国民を戸惑わせ、多くの犠牲を払わせた。

否、まだコロナ禍は過去形でない。この指導者の対応は間違いだったとか、別の方法があったかも知れぬとかいう総括は時期尚早と筆者は思う。未知のウイルスゆえ、時々刻々ではないにしろ、比較的短期で状況は変化し、ここ1~2カ月で判って来たことも多い。あれほど批判された「Go To」が成功しつつあるなどは好例だ。

だのに「ネイチャー」は、根拠も挙げずに「来月の大統領選挙でトランプの対抗馬ジョー・バイデンは、元副大統領そして上院議員としての彼の政策と在職中のリーダーシップの記録によって、科学と真実へのこの損害を修復し始めるための国家の最高の希望だ」などと書く。

詰まるところ「ネイチャー」の“バイデン上げ”は、トランプ批判の裏返しに終始する抽象論に過ぎない。バイデンが今年の初めから為政者だったなら、米国のコロナ禍の程度がもっとましだった、などと誰が見積もれるのか。根拠を示さない思い込みの言説ばかりでは、老舗学術誌の看板が泣く。