第2回大統領討論会が10月22日、テネシー州ナッシュビルで約90分にわたり開催されました(前回予定されていた10月15日開催分がトランプ氏の新型コロナウイルス感染でキャンセル)。第1回討論会では中傷合戦と化し、阿鼻叫喚の展開となりましたが、今回は米大統領候補討論会委員会(CPD)対策に乗り出したお陰で、比較的正常案政策論議が展開あれました。司会者の質問に対する回答中、相手のマイク音声を切る措置が講じたのは、正解だったと言えるでしょう。各メディアのヘッドラインも、両者の論点の違いを際立たせ、第1回とは大違いです。
各メディアのヘッドライン
NYタイムズ紙:「冷静な討論で、バイデンとトランプは激しく異なる米国の展望を提供(In Calmer Debate, Biden and Trump Offer Sharply Different Visions For Nation)」
CNN:「トランプ、バイデンに辛辣な攻撃を加える(Trump just handed Biden a devastating debate attack)」
ワシントン・ポスト紙:トランプとバイデンによる2回目の討論会、横槍は急減もカウンターパンチ合戦に(Second Trump-Biden debate has fewer interruptions but more counterpunches)」
WSJ紙:「トランプとバイデン、コロナや倫理につき前回より冷静に議論(Donald Trump, Joe Biden Clash Over Covid, Ethics in Calmer Presidential Debate)」
FOXニュース:「トランプとバイデン、バイデン息子のビジネスめぐり衝突(Trump, Biden clash over Hunter Biden business questions at final presidential debate)」
フィナンシャル・タイムズ紙(英):「バイデンとトランプ、最後との討論会でコロナをめぐり衝突(Joe Biden and Donald Trump clash over coronavirus in final debate)」
BBC(英)「トランプとバイデン、コロナ、気候変動、人種につき口論(US Election 2020: Trump and Biden row over Covid, climate and racism)」
FAZ紙(独):「著しく対照的な政策の応酬(Scharfe Kontraste in einem echten Schlagabtausch)」
ル・モンド紙(仏):「バイデンは最後の討論会で闘争的なトランプ氏に抵抗(Election présidentielle américaine : Joe Biden résiste à un Donald Trump combatif lors du dernier débat)」
サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙(中国):「トランプとバイデンの最後の討論会、中国に国際ルールを遵守させる(Trump-Biden final debate: China ‘will be forced to play by international rules)」
RT(ロシア):「最終討論会で、バイデン氏はトランプ氏が望んだ土俵に乗り込む(In final debate, Biden raised the stakes – and put himself right where Trump wanted him)」
注目ポイント
・バイデン氏、石油産業から再生可能エネルギーへの移行を明言。ペンシルベニア州やテキサス州など、シェール関連で経済が活性化できた州には打撃となる可能性。
・バイデン氏、討論会終了10分前に時間を確認。ツイッターで「90分の討論会に対応できないで、4年の任期が務まるのか」との議論を招く。過去には、1992年にブッシュ大統領(当時)も時計を見る姿が映し出された。
画像:時間を確認するバイデン氏。
・トランプ氏、接戦州(オハイオ、ペンシルベニア、アリゾナ、ペンシルベニア、テキサスなど)を列挙しアピール。
世論調査結果
討論会直後の世論調査結果をみると、CNNでバイデン氏を勝者とした回答が53%とトランプ氏の38%を上回りました。第1回の60%対28%からバイデン氏のリードは縮小したのですよ。
そのせいか、他世論調査ではご覧の通りトランプ氏を勝者とする回答が圧倒的でした。ポリティカル・ポールでは83.8%、FOXニュースでは74%、Vamp Capitalでは63.4%となります。USポリティクス・ポールはバイデン氏に軍配が上がったので、CNNを含め総合的には3勝2敗でトランプ氏が勝利した格好です。
論争内容の抄訳
※以下はあくまで抄訳である点をご理解下さい。
1) 新型コロナウイルス対応策について
〇トランプ大統領
・中国から入ってきたコロナウイルスに対応し、一連の施策なしでは220万人が死亡していた。テキサス州やフロリダ州、アリゾナ州で一時は急増したが、今は再び減少した。現在増加中の中西部でも、こうした現象がみられるだろう。ワープスピード作戦を通じワクチンは数週間後に用意できる見通しだ。
・新型コロナウイルスは世界的な問題であり、中国の過ちであって、私の失敗ではない。
・民主党知事の州では厳格な経済封鎖を行ったが、その結果、経済が死んでしまった。例えばNY州はゴーストタウンと化し、人口が流出している。ペンシルベニア州やミシガン州、ノースカロライナ州では、まるで刑務所のようだ。
※筆者コメント⇒接戦州(フロリダ、アリゾナ、ペンシルベニア、ミシガン、ノースカロライナ、テキサス)を列挙してアピール。バイデン政権誕生では、厳格な経済閉鎖が再開するリスクにも言及。
〇バイデン候補
・トランプ氏には包括的な対応策がない。私ならある。例えばマスクの着用を求め、迅速に試験を実施する。トランプ氏はイースターや夏に収束すると楽観的だったが、我々はいま、(感染増加を受け)暗黒の冬を迎えようとしている。
・私は経済を閉鎖するとは言ってない。ウイルスこそ止めなければならず、経済ではない。だからこそ、安全に経済を再開すべくガイドラインが必要だと言っている。
※筆者コメント⇒トランプ政権の新型コロナウイルス対策への批判を強調、同時に経済閉鎖への懸念払拭に努める。
2) ロシアとイランによる選挙介入、安全保障に関して
〇バイデン候補
・ロシアや中国、イランであろうと、いずれの国も米国に介入すればその代償を支払うことを打ち出す。(トランプ氏がロシアから350万ドル受け取ったとの批判に対し)私は、いずれの国からもびた一文受け取っていない。むしろトランプ氏こそ、中国から資金提供を受けている。私は22年間にわたり確定申告を公表している。トランプ氏は4年間にわたって公表していないが、確定申告を今こそリリースすべきだ。一体何を隠しているのか。
※筆者コメント⇒副大統領に海外から資金提供を受けていたとの自身の疑惑を完全否定、同時にトランプ氏の中国での銀行口座保有問題を取り上げ話題を逸らす。
〇トランプ大統領
・北大西洋条約機構(NATO)の軍事費を引き上げ、ロシアにも制裁を科しており、私はロシアにとって最も強硬な大統領だ。バイデン氏はロシアから350万ドル受け取り、ウクライナからも支払われた。
・確定申告の公表については、会計士の用意が整えば、いつでも公表する。時間が掛かった理由は民主党議員18人、FBIなどが4,800万ドルの費用を計上し調べ上げたが(筆者注:モラーFBI長官によるロシア疑惑に関する捜査か)、癒着を確認できなかった。しかし、バイデン一家は兄弟や息子が海外から多額の資金援助を受けてきた。
※筆者コメント:仏など10ヵ国が防衛費GDP2%超を達成、ただしその他は未達に終わる公算。
3) ウクライナのエネルギー会社ブリスマとバイデン氏、バイデン氏の息子ハンター氏の関係について
〇バイデン候補
・倫理に反することは何もない。私の息子は中国から資金を受け取ったことなどない。むしろ、トランプ氏こそ中国で金を稼いだ。なぜ中国に銀行口座を保有したのか。
※筆者コメント⇒トランプ氏の中国銀行口座問題に話題をすり替えか。
〇トランプ大統領
・バイデン氏が副大統領に就任してから、ブリスマ社は毎月18万3,000ドルをハンター氏に送金してきた。
・中国の銀行口座は2013年に開設した。ビジネス展開を検討したが断念し2015年には閉鎖した。大統領に出馬したのは、その後であってバイデン氏とは全然違う。バイデン氏は副大統領時代に、息子や兄弟が巨額の資金を受け取っていた。
※筆者コメント⇒あくまでビジネス上の口座開設と説明、同時に公職に就いた時期ではないと強調、返す方がでバイデン氏を批判。
4) 中国
〇バイデン候補
・中国に対し知的財産の遵守などを含め、国際的なルールに基づき対応する求めていく。トランプ氏はロシアや北朝鮮を重視したが、我々は同盟国に軸を置く。トランプ氏は私の家族を槍玉に挙げるが、馬鹿げている。取り上げるべきはトランプ氏や私の家族ではなく、全米の家族の問題だ。
※筆者コメント⇒同盟国で対中包囲網を構築する方針を繰り返すが、対中追加関税の行方については言及せず(貿易戦争には反対の立場も、対中追加関税を撤廃するとは明言していないと度々コメントしてきた。
〇トランプ大統領
・中国は人民元を過小評価し米国の農家に打撃を与えた。だからこそ、我々は鉄鋼に25%の追加関税を課すなど追加関税で対応した。バイデン氏は政治家らしい言葉で、論点を逸らしている。
筆者コメント⇒腐敗防止(drain the swamp)に努めるとの公約に基づいた発言か。
5) 北朝鮮問題について
〇トランプ大統領
・オバマ政権から大きな負の遺産を譲り受けた。(金正恩・朝鮮労働党委員長は)オバマ氏と会おうともしなかった。ただし私は(金正恩氏と3回会談した実績を踏まえ)北朝鮮とは良好な関係を維持しており、戦争は起きていない。
※筆者コメント⇒北朝鮮が歩み寄りを示した点を評価。
バイデン氏は:トランプ政権で北朝鮮はミサイル能力を向上させた。米朝首脳会談には、非核化する条件を前提に応じる用意がある。
※筆者解説⇒北朝鮮の非核化の重要性を強調。
チャート:両者の支持率動向
6) 医療保険について(トランプ氏が提案したオバマケア廃止をめぐり、11月10日に最高裁で議論が開始する予定)
〇トランプ大統領
・オバマケアに盛り込まれた個人加入義務化(インディビジュアル・マンデート、加入しなければ罰金を支払う制度)を撤廃した。オバマケア撤廃後は、既往症に苦しむ人々を取り込んだ保険を提供する。何より、1.8億人が勤務する企業などを通じ民間の医療保険を利用しているが、その権利を奪うのか。
・バイデン氏は医療保険については(筆者注:社会民主主義者と自称する)サンダース上院議員よりリベラルなハリス上院議員を副大統領候補に指名し、政策綱領を掲げている。医療保険を社会主義的に変革し、民間の医療保険を破壊してもおかしくない。バイデン氏は頻繁に前言撤回してきた。水圧破砕(フラッキング)についても同様で、最初は禁止すると主張しておきながら、民主党大統領候補に指名されてからは禁止しない方針へシフトしている。
※筆者コメント⇒具体的なオバマケア代替案は明示せず。ただし、バイデン案がサンダース議員よりリベラルつまり極左の案に基づくと口撃。
〇バイデン候補
・オバマケアは、公的医療保険導入の一環である。私は保険料や薬価引き下げを目指すが、民間の医療保険提供も支持している。トランプ氏は既往症を取り込んだ医療保険を提供するというが、インフラ投資と同じで無計画だ。しかもコロナ禍でオバマケアを通じ約2,000万人もの人々が医療保険に加入しているがオバマケア撤廃で、既往症を持つ加入者などはどうなるのか?人々には、手頃な医療保険が必要だ。
※筆者コメント⇒トランプ氏に代替案がないと非難。オバマケアの重要性を強調すると共に国民皆保険制度を導入する意図はないと示唆。
7) 追加経済対策が可決しないのはなぜか。
〇トランプ大統領:ペロシ下院議長が選挙前を理由に、承認を控えているためだ。
〇バイデン候補:(多数派の)共和党上院が可決しないと宣言した。なぜ共和党上院に承認を求めないのか。民主党は夏からずっと、追加経済対策(ヒーロー法)を提示している。トランプ氏は民主党支持者だけでなく共和党支持者の職まで奪う気か。
8)15ドルへの最低賃金引上げ
〇バイデン候補:15ドルへの引き上げを支持する。コロナ禍で、人々に必要なのは救済だ。
〇トランプ大統領:物価が異なるため、州毎に決定すべきだ。15ドルへの引き上げを検討すると発言したが、一律に15ドルへ引き上げると中小企業の存続が困難となりかねない。
9) 米国内での人種問題について
〇バイデン候補
・娘はソーシャルワーカーとして働いており、研修中に黒人家庭では街を歩く時には子供にフードを被らないよう教え、自動車を運転する時は手がみえるようにハンドルに手を置くよう教えられてきた。米国には組織的な差別が存在し、トランプ氏は米国史上初めて、多様性の受け入れではなく排斥を主張する大統領である。
※筆者コメント⇒黒人に寄り添う民主党候補との立場を鮮明に。
〇トランプ大統領
・バイデン氏は議員生活47年間で何もしてこなかった。それどころか、1994年にクライム・ビル(暴力犯罪取締り及び法執行法の別名)を成立させ、黒人をスーパープレデターと呼んだ(筆者注:バイデン氏ではなく、ヒラリー・クリントン氏がそう表現)。
・私は、リンカーン大統領以外が成し遂げていない実績を積み上げた。例えば、(クライム・ビル後に逮捕された囚人への恩赦につながる)刑事司法改革(筆者注:ファースト・ステップ法)に踏み切り、オポチュニティ・ゾーン(貧困地域再生に向けた不動産税優遇策、オバマ政権で検討され2017年にトランプ政権で成立)を設定し、黒人が通う大学への補助金を決定した。逆にオバマ政権では、黒人が通う大学への長期的な補助金など行っておらず、これらについてどこも報道しない。
※筆者コメント⇒クライム・ビルの立役者であるバイデン氏が黒人の見方ではないと非難、同時に過去最低を更新した黒人の失業率などの他、マイノリティ向けの実績をアピール。
〇バイデン候補
・クライム・ビルでは麻薬所持などで逮捕されてしまったが、彼らに必要なのは治療とリハビリであって、刑務所ではない。あれは間違いだった。刑事司法改革ができなかったのは、共和党が多数派だったためだ。
一方で、トランプ氏はイスラム教国の入国を禁止し、プアボーイズ(筆者注:プラウドボーイズの言い間違い)に控え、待機せよと語りかけたことが問題だ。
※筆者コメント⇒トランプ政権の入国禁止令などを踏まえ、人種差別主義的と批判。
10) 気候変動対策について
〇トランプ大統領
・米国の大気や水は世界で最も清潔だ。さらに、炭素排出量も他国より抜きんでている。翻って、中国やロシア、インドなどでは大気や水が汚染されている。パリ協定を離脱したのは、不公平であるためだ。例えば米国では直ちに規制が導入される一方で、中国は2030年まで猶予を与えられ、米国の産業に打撃を与えかねない。
・バイデン氏の気候変動対策は大惨事を招く。同案は、オカシオ―コルテス下院議員を含めたプラススリー(筆者注:2018年の中間選挙で選出されたイスラム教徒の女性議員や黒人の女性議員等を含む3名)が考案したものだ。気候変動対策費用は2兆ドルとされているが、100兆ドルに膨れ上がってもおかしくない、クレイジーそのものだ。
・米国は(シェール革命を通じ)エネルギー自立を果たした。再生可能エネルギーのうち風力は未だコストが高く、太陽光は十分な電力を供給できない。バイデン氏は米国のエネルギー自立を阻止することで、経済を破壊しようとしている。フラッキングを禁止すると言っているが、ペンシルベニア州はどうなるのか。
※筆者コメント⇒バイデン氏の気候変動対策が極左的と再び非難、また費用が巨額に膨らむ懸念を表明すると同時に財政赤字拡大への警鐘を鳴らす。
〇バイデン候補
・米国は、世界的な気候温暖化に対応する義務がある一方で、トランプ政権は環境規制を撤廃した。私の気候変動対策では、高賃金の職を提供する。ウォール街も、気候変動対策はトランプ再選より700万件多い雇用を創出すると試算していた。
・私はフラッキングを禁止するとは言っておらず、禁止するという案は除外する。ただし、石油産業から(再生可能エネルギーへの)移行を進める。
※筆者コメント⇒今回のバイデン氏の発言は、トランプ氏の術中にはまった感あり。「石油産業から移行する」との発言により、エネルギー自立が失われ、シェール産業の雇用が危ぶまれ、さらにガソリン価格の値上げを連想させる結果となった。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2020年10月23日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。