政策提言委員・元公安調査庁金沢公安調査事務所長 藤谷 昌敏
報道によると、
「外国資本による安全保障上重要な土地の買収に関し、政府が重要防衛施設周辺と国境離島に区域を指定し、土地購入者に国籍などの事前届け出を義務付ける法整備を検討している。11月上旬に有識者会議を設置し、年内に法整備の方向性について提言をまとめる方針で、来年の通常国会での法案提出を目指す。
この法案では、政府は防衛施設のうち指揮機能を持つ中枢施設周辺と国境離島の一部を安全保障上、特に懸念の大きい区域として指定する。売買する際は購入者の国籍などを事前に届け出ることを義務付け、最新の状況を常時把握できるようにする。政府は安全保障上重要な施設周辺や離島などの土地所有者を調査できるようにする基本法整備も検討を進めている。
外国資本による土地買収では、長崎・対馬で海上自衛隊基地の近接地を韓国資本が買収したことが知られる。北海道では中国資本が水源地を含む山林を大規模に買収。農林水産省によると、昨年1年間の外国資本による森林買収は31件163ヘクタールで、うち北海道が26件154ヘクタールを占めた。テロの危険や盗聴による情報漏洩などの恐れや、将来的な水資源確保への懸念がある」(10月15日付け、産経新聞)。
外国資本による土地買収問題は、かねてから安全保障上の懸案事項であった。例えば、報道が指摘する事例以外でも、米軍基地の近くに店を構えた外国人がイスラム過激派関係者と関係する人物だった例や観光地付近の土地が中国人に買収されて日本人の立ち入りが制限されたり、水質汚濁が拡大された例などがあった。
こうした問題を扱うのが経済安全保障であり、2020年4月に内閣の国家安全保障局(NSS)に「経済班」が設置された理由である。
経済安全保障とは
経済安全保障とは、経済的手段によって安全保障の実現を目指すことである。国民の生命・財産に対する脅威を取り除き、経済や社会生活の安定を維持するために、エネルギー・資源・食料などの安定供給を確保するための措置を講じ、望ましい国際環境を形成することをいう(大辞泉)。
経済安全保障には、様々な対象と手段があり、幅広い分野・領域に広がっている。その対象・手段については、諸説あるが概ね次のように説明される。
<経済安全保障の対象>
①エネルギー安全保障(石油、天然ガスなどの自給、輸出入)
②食糧安全保障(食料の自給率の向上、食料の安定的輸出入)
③技術安全保障(国益、国防上重要な技術の流出防止)
④金融安全保障(金融資産凍結、金融取引制限、M&Aの制限など)
⑤環境安全保障(環境汚染の防止、水資源の確保)
⑥資源安全保障(資源取引相手の多角的確保、資源の蓄積)
<経済安全保障の手段>
①輸出制限(エネルギー、食糧、ハイテク製品などの輸出量の制限、輸出国の選択)
②輸入制限(輸入禁止、数量制限、関税の引上げと引き下げ)
③技術取引制限(国益、国防上重要な技術の保全、知的財産権の保護)
④投資(投資制限・収用、特定国の優遇)
⑤金融制限(銀行の取引制限、資産凍結)
⑥税制(懲罰的もしくは優遇的な課税など)
⑦人的交流制限(特定国のビザ発給制限もしくは禁止)
⑧不買運動、渡航の制限や自粛(敵対国、非友好国など特定の国を対象とする)
⑨海域や港湾の封鎖、臨検(輸出入制限・禁止、物資没収、特定国船籍の艦船寄港制限・禁止)
⑩対外援助(友好国への災害支援、非友好国の対応転換のための援助など)
⑪取引制限・禁止(外国勢力による土地・企業の買収など)
⑫資源取引相手の確保(重要資源保有国への優先的扱いなど)
中国の経済安全保障戦略に対抗するには
中国は、改革開放路線以降、世界第2位の経済大国となることに成功した。こうした強大な経済力を背景に、世界各国に覇権を広げ、様々な経済安全保障戦略を行っている。
第1に「一帯一路」では、エネルギー問題と食料問題を解決するために、広大な経済圏構想を進めており、最近では、インドとの紛争を招く原因となっている。
第2に日本の尖閣諸島国有化問題や靖国神社参拝の問題などに関連し、日本製品の不買運動、観光客の渡航制限、レアアースの輸出制限などの経済安全保障手段を使っている。
第3にデータを資源ととらえ、中国国内のデータの持ち出しの制限、世界各地での5G基地局の建設、北斗衛星測位システムの利用促進を進めている。第4に米国のドル支配に対抗する手段として、デジタル人民元を普及させようとしている。
こうした中国の経済安全保障戦略に対抗して、米国は、まずファーウェイに対して非難を強め、輸出入制限・禁止、技術流出防止、投資制限、人材交流制限、サイバーセキュリティなどの安全保障政策を次々と展開した。
一方、我が国は、中国との経済的取引における優位性にとらわれ、これまで中国の経済安全保障戦略に有効な手段を講じることができなかったものの、米中経済戦争の拡大を契機として、NSSに「経済班」を創設し、米国と連携して経済安全保障政策を強化する姿勢を示した。
だが、中国が数万人を経済安全保障戦略に傾注している現実を踏まえれば、今後、「経済班」を有効活用するためには、現在の約150人の人員ではいかにも少なく、「経済班」の組織と権能の大幅な拡大は必須と考える。
藤谷 昌敏(ふじたに まさとし)
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年10月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。