サラリーマンだけ1%増税!? 健保組合赤字試算の衝撃

中田 智之

健康保険組合が9400億円の赤字試算となったことを共同通信などが報じ、医療業界に激震が走っています。健康保険組合とは大手企業やそのグループ企業の社員が加入している保険者の一つであり、おおよそ国民の4分の1を占めています。

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加入者の属性故に最も財源に恵まれている保険者からのSOSは、医療制度改革に残された時間がわずかであることを示しています。

(参考)健保組合9400億円の赤字試算 2022年度、コロナ影響 ― 共同通信(2020年11月5日)
(参考)現役世代を守るために -医療保険制度改革に向けた重点要望- ― 健康保険組合連合会(2020年11月5日)

健康保険組合連合会のプレスリリースを要約すると、以下の論点が見えてきます。

1. このままだと2020年の保険料率9.7%を、2022年までに10.5%に引き上げる必要がある。(実質的に約1%の増税)

これを避けるために

2. 後期高齢者窓口負担を2割へ(経団連からも同様の要望あり)

3.  現役並みの所得のある高齢者の医療費窓口負担は従来より3割だが、残り7割部分の半分に関して健保組合負担ではなく税金を投入を希望

4. 病院利用、薬剤処方に関する見直し、等

が必要だということです。以下、個別に見ていきます。

後期高齢者窓口負担2割に関しては避けがたいのではないかと感じます。いま病院などの現場では「風邪をひいたら医者へ」の掛け声を引きずっている高齢者が、軽症であるのに医療費が安いために病院を受診して、医療資源を圧迫しています。

高齢者たちが談笑する横で、とても具合の悪そうな人がソファーに横たわり、何時間も順番待ちをしている、という光景を見かけたことがあるのではないでしょうか。

また複数の診療科から多くの薬を受け取り、飲み切れないまま捨ててしまっている、というような状況も、医療費が安いから「くれるなら一応もらっておこう」ということに起因しています。

つまり高齢者の受診インセンティブが高すぎるので、医療費や処方料の本人負担が増えることで、「余分な受診や薬剤にかかる支払いはもったいない」ということで、正常化が期待できます。

次に現役並みの所得のある高齢者への公費負担に関しては、一般市民目線では単に健康保険組合の都合であると言えます。

社会保険料として健康保険組合に徴収されるのも、消費税や所得税として国庫に納めるのも、制度上の区別はありますが、最終的は医療費の赤字部分は税金で支えているので同じことです。

むしろ今まで収支バランスとしては最も健全で、他の保険者の財源も一部拠出しており、国庫負担が必要なかった組合健保が、このような求めをするほど逼迫していると読み取れるかもしれません。

(参考・図)社会保障について ― 厚生労働省(2019年4月23日)

健康保険組合連合会の資料ではほとんど触れられていませんが、本質的には病院と薬剤の適正利用こそ、まず取り組むべき本質的な課題です。

法的には欠勤の理由のためだけに医師の診断書は不要ですし、市販薬と同じ成分の風邪薬を保険適応で割安に入手するためだけに病院受診をするなどあってはなりません。

これらの個々のテーマは節減効果としては小さいかもしれませんが、家計簿が赤字ならばまず無駄を見直すのは当たり前のことです。

医療費問題は命とも関係するので改革に着手しづらく、先進国の財政を悩ませてきましたが、諸外国では1980年代に真剣に取りくみが行われた古いテーマであるともいえます。当時日本は好景気だったので、改革の機会を逃してしまったのかもしれません。

所属する会社単位で加入先が決まるという、終身雇用的な発想に基づいた現行制度も、大きく見直すべき時が来ているのかもしれません。

競争なき単一の制度が税金に基づき運営されている現状は、カバー範囲の適正化や無駄の見直しについて積極的にならないのは当然のことです。

社会保険料はあたかも税金のように自動的に天引きされ、医療財源は保険料で足りず消費税をはじめとした税金があてがわれているので、実質的にその線引きはないようなものです。

いち早く医療改革を行った欧州では、完全民営化でなくとも複数の制度が競争し、自分が良いと思った保険に参加する、保険者は加入者を増やすために絶えずブラッシュアップするという競争原理が導入されています。

現状維持のための保険料増税や財源のパッチワークではなく、このような抜本的な改革案も話し合う必要があるのではないでしょうか。