オーストリア・クルツ首相「誰とも会わないで」

長谷川 良

オーストリアが過去7日間の人口比の新型コロナウイルスの新規感染者数でチェコやスイスを抜いて世界的な感染国となった日(14日)、週末にもかかわらずクルツ政府はウィーンの首相官邸内で緊急記者会見を開き、「今月2日発した第2次ロックダウン(都市封鎖)の効果はまだみられず、悪化傾向が続いている。このトレンドが続けば医療機関が崩壊する危険性が出てきた」として、「より強固なロックダウンを施行せざるを得なくなった」と表明し、24時間外出制限などを含む特別措置を発表しながら、「この期間、どうか国民の皆さん、誰とも会わないで下さい」と述べたのだ。

▲記者会見で追加措置を発表し「誰とも会わないで」と訴えるクルツ首相(2020年11月14日、オーストリア国営放送の中継放送から)

繰返すが、一国の首相が国民に「誰とも会わないで」と嘆願したのだ。記者会見をライブ中継していた民間放送「オーストリア24」放送の司会者は、「今回の記者会見でもっとも印象に残った言葉は『Treffen Sie niemanden』(誰とも会わないで)だ」と少々、揶揄いながら報道していた。英語でいえば、「Please don’t meet anyone」だ。

当方はクルツ首相がその台詞を喋った時、不謹慎ながら思わず笑ってしまった。その言葉の内容もあるが、新型コロナ感染の現状をもっとも端的に表現しているタイムリーな言葉だったからだ。「新型コロナの新規感染を防止するためには国民は24時間、自宅に籠り、外に出ないで誰とも会わないでほしい」というわけだ。歌謡曲の歌詞でもないし、漫談師が語ったのでもない。今年に入り、新型コロナ対策で奔走してきた若い首相(34)がカメラに向かって国民に嘆願した台詞だ。

新規コロナ感染防止のための追加措置は11月17日零時から12月6日まで2週間半。以下はその具体的な内容だ。

マスクの着用、ソーシャルディスタンスなど従来の規制内容は引き続き継続されるほか、外出制限は午後8時から翌日午前6時まではなく、24時間。例外は、職場に行くため、生活必需品の食料品を買う時、メンタル維持のための短時間の散歩、医療看病のためなどだ。要するに、不要不急の外出は禁止だ。

そして一般店舗、大型ショッピングセンターなどは閉鎖され、理髪店・美容院や喫茶店、レストランはもちろん閉じる。コンサート、劇場などは全てのイベントは中止、スポーツもプロのサッカー試合など限られたプロスポーツだけが無観客で開くことができる、カトリック教会もこの期間、公式の礼拝は中止。営業できるのは、薬局、医療関係、ドロガリーショップ、銀行・郵便局など、3月のロックダウンと同じだ。

国民の間で議論を呼んだ「学校ロックダウン」は施行される。幼稚園、低学年を含む全ての学校は基本的に閉鎖。ただし、自宅で子供をケアできない家庭は子供を学校に送り、そこでケアしてもらうことは可能。授業は全てディスタンスラーニングだ。

学校ロックダウンに強く反対してきたファスマン教育相は、「残念だが、学校のロックダウンを実施せざるを得ない。現状は緊急事態だから他の選択肢がなかった」と、長身の大臣は身を屈めながらテレビのカメラに向かって釈明していたのが印象的だった(「『学校ロックダウン』は避けられるか」2020年11月11日参考)。

クルツ首相は、「ハードであることは知っているが、それ以外の選択肢がない。どうか国民の皆さんはこの期間、誰とも会わず、自粛してほしい。12月7日にはロックダウンは解除され、短くてもクリスマスシーズンの喜びを味わう準備の時を持ち、家族で楽しいクリスマスを祝うことが出来ることを願っている」と述べていた。

ほとんどの国民は来週からハードなロックダウンが施行され、クリスマスの買い物もできなくなることをニュースで知っていたから、14日の最後の土曜日はどこのショッピングセンターも大行列で、混乱した。3月のロックダウンとは異なり、国民はトイレットペーパーを買い占めるだけではなく、クリスマスプレゼントを探す人で市内のシッピング街は一杯となった。(閉店に伴い、50%引きの商品を買うために混雑した)

お客の殺到で大混乱するショッピングセンターの状況をテレビで観ながら、当方は「これではディスタンスは取れない。感染する危険性が高い」と懸念せざる得なかった。規制強化前の最後の買物で新型コロナに感染していたら、笑うこともできなくなる。

12月6日までオーストリア国民はまさしく“冬ごもり”に入る。状況は3月の最初のロックダウンより厳しくなるといわれる。クルツ首相は、「欧州全土で感染が急増している。状況はわが国より厳しいところが多い。イスラエルは第2次ロックダウンを実施し、新規感染者の抑制に成功している。国民が協力して規制を遵守していくなら、きっと楽しいクリスマスを迎えることが出来るだろう」と強調していた。国民への懸命のアピールだ。

当方は自宅でテレビを見ながら記者会見をフォローした。クルツ首相の「どうか国民の皆さん、この期間、誰とも会わないでください」という言葉が当方の脳裏からしばらく離れなかった。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。