アムネスティ(不逮捕特権)願う世界の大統領たち

モスクワからの外電によると、ロシアのプーチン大統領は退職した大統領に対して刑事責任を終身免除する法案に署名した。同内容は退職した大統領の家族関係者にも当てはめられる。同法は退職した大統領とその家族へのアムネスティ(不逮捕特権)を意味し、ロシアが現在進めている憲法改正の一環であり、プーチン大統領が2036年まで大統領職を継続できるように法を改正する狙いがあると受け取られている。

▲退職後の身の安全を模索するロシアのプーチン大統領(2020年12月21日、クレムリン公式サイトから)

同国では大統領の刑事責任免除は現職時代だけに限定されていたが、新法は退職後もその特権を認めるもので、警察や検察関係者から聴取されたり、自宅捜査を受けることはなくなる。例外事項は大統領が国家反逆罪やそれに類似する重犯罪を犯し、憲法裁判官が要請した時だけ。その場合、連邦議会が審議するが、最終的判定は国家評議会が下す。

プーチン氏の場合、大統領を退職した場合、終身国家評議会議長に横滑りするものと予想されており、プーチン氏の意向に反する決定は下せない、といった具合だ。

プーチン氏が退職後の身の安全を懸念しているということは、同氏がクレムリンから様々な不法な命令や蛮行を指令してきたことを裏付けている。身の潔白な大統領ならば、退職後に刑務所に送られるといった恐れを抱く必要はないから、プーチン氏には身に覚えのある過去が少なからずあるのだろう。

プーチン氏の前任者ボリス・エリツイン氏(初代ロシア大統領職任期1991~99年)も職を退く条件として、自身へのアムネスティを要求している。プーチン氏が発布した最初の大統領令には、エリツイン氏に対する刑事責任を終身問わないことが明記されていた。

欧米メディアは、ロシアの新法が可決されたのが、毒殺未遂事件後、ドイツのベルリンのシャリティ大学病院で治療中のロシアの反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏(44)が21日、ロシアの安全保障当局者になりすまし、自身を殺害しようとしたロシア連邦保安庁(FSB)工作員から犯行告白を聞き取り、それを公表した直後だった点に注目している。新法では、国家公務員との会話(この場合、FSB工作員)やそのデータの公表は不法となっている。

実際、20年以上のプーチン氏の政権時代にはチェチェン紛争からウクライナ内戦まで多くの軍事衝突があった。それだけではない。

▲英国で2018年3月4日、亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘の毒殺未遂事件(「英国のスクリパリ事件の『核心』は?」2018年4月21日参考)があった。

▲また、ソ連国家保安委員会(KGB)、ロシア連邦防諜庁(FSK)の職員だったアレクサンドル・リトビネンコ氏は英国に亡命後、2006年11月23日、ロンドンでポロ二ウム210によって毒殺された。

▲ジャーナリストであり人権活動家だったアンナ・ポリトコフスカヤ女史は2006年10月7日、射殺された。

▲エリツィン大統領時代に第1副首相を務めたボリス・ネムツォフ氏は2015年2月27日、モスクワ川にかかる橋の上で射殺された、等々、メディアで報じられた暗殺(未遂)事件だけでも多数生じている。

欧米社会からクレムリンの関与を追及される度に、プーチン大統領は「西側の反ロシアキャンペーン」と一蹴してきた(「ナワリヌイ事件が示したロシアの顔」2020年9月6日参考)。

ちなみに、プーチン氏の懸念を最もリアルに感じるのは韓国大統領ではないだろうか。韓国では歴代大統領はほとんど刑事責任を問われている。存命では全斗煥、盧泰愚、朴槿恵、李明博の各大統領経験者が全員、実刑の確定判決を受けている。そんな国は世界でも韓国しかないだろう。

クレムリン宮殿と青瓦台と名称こそ違うが,ロシアと韓国両国では大統領府の住人は退職後、悠々自適な日々を過ごすことが難しいのだ。韓国の大統領とプーチン氏の違いは、後者は法を改正しても自身の安全を守ろうと腐心するが、前者の場合、政治風土が問題だから、法改正云々ではどうしょうもない面があることだ。

もちろん、ロシア、韓国だけではない。フランス大統領のジャック・シラク氏(任期1995~2007年)やニコラ・サルコジ氏(任期2007~12年)も現職時代の不祥事で刑事責任が問われるなど、案外、世界の大統領の退職後の人生はハッピーな日々からは程遠い。

事の真偽は不明だが、米国のリベラルなメディアによると、トランプ大統領はホワイトハウスを去る前に現職時代の過去4年間の不祥事などに対する刑事責任を負わないために、現職大統領が自身にアムネスティを与えることが出来るかを法の専門家に聞いた、という話が報じられた。

いずれにしても、政治の世界がクリーンでないことは明らかだ。その最高指導者となればダーティな決定も下さなければならない。敵も増える。退職後のアムネスティを願う大統領が出てくるという事実はそれを裏付けている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年12月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。