コロナワクチン開発で「ドイツの夢」を実現した研究者夫婦

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中国武漢発の新型コロナウイルスの猛威は欧州全土を席巻し、新規感染者ばかりか、死者も急増してきた。ドイツ国立感染症研究所「ロベルト・コッホ研究所」(RKI)が8日公表したところによると、ドイツで新型コロナウイルスの新規感染者数が過去24時間で3万1849人、死者数は1188人で最高値を記録した。同国は今月末まで第2次ロックダウン(都市封鎖)を実施中だが、感染抑制の効果はまだ見られない。その理由の一つとして、英国と南アフリカから入った感染力が従来のウイルスより強い新型コロナウイルスの変異種が広がってきたからと受け取られている。

独週刊誌シュピーゲル今年第1号の表紙を飾ったビオンテック社の2人の創立者

希望は欧州連合(EU)が昨年12月27日からスタートしたコロナ・ワクチン接種だ。その中でも、コロナ・ウイルスへの有効性が90%以上といわれる米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬品企業ビオンテックが共同開発したワクチン(BNT162b2)に熱い注目が注がれている。

同ワクチンは具体的にはドイツのビオンテック社が開発し、世界的製薬大手ファイザー社がその大規模な生産工程を生かし、大量、安価に生産している。ビオンテック社によると、世界50カ国に向け今後13億本のワクチンを生産するという。製薬企業としては中堅クラスだったビオンテック社はコロナ・ワクチン開発で一挙に世界大手製薬企業入りしてきたのだ。

メルケル独首相は記者会見でワクチンの話になると表情を緩め、「ドイツのビオンテック社」と企業名に言及する。自動車産業を中心に世界の輸出大国となったドイツだが、それ以降、ドイツ産業を担う企業が出ていない。“世界の薬局”といわれたドイツ製薬企業も現在、米国、英国、スイスの製薬会社に押されて停滞してきた。その矢先だ。ビオンテック社がコロナ・ワクチンを開発して世界の製薬大手入りしてきたのだ。その意味で、ビオンテック社は“ジャーマン・ドリーム”を実現した企業として今、ドイツ国民の期待を背負っているわけだ。

独週刊誌シュピーゲルは2021年第1号にビオンテック社を取り上げ、2人の創立者(夫婦)、ウグル・シャヒン博士(55)とエズレム・チュレチ博士(53)にリモートインタビューしている。インタビュー記事は写真を入れて9頁に及ぶ。同誌はビオンテック社の創立者2人の写真を表紙に飾り、「ドイツは十分なワクチンを得るだろう」というコメントを付けて報じた。

シャヒン博士とチュレチ博士は名前からも分かるように、トルコ系移民家庭出身だ。両博士は2002年に結婚。シャヒン博士は、「われわれは会社経営者というより、研究者だ」という。2人は本来、免疫療法を利用したガン治療研究の専門家だ。その夢は今も変わらず、「いつかはがんを免疫療法で治癒できるようにしたい」という。

シャヒン博士は、「人間の体には病が侵入した場合、それをやっつける薬を生み出すシステムが備わっている。それが免疫システムだ。コロナ・ワクチンもその免疫システムを利用している」という。「研究者は患者のベットの傍にいないことが多いが、ワクチンを通じて人々の傍で役に立てることはうれしい」(チュレチ博士)という。

ビオンテック社は昨年11月9日、「新型コロナ対策で世界最初にブレークスルーした」とコロナ・ワクチンを紹介した。世界の製薬会社を驚かせたのは、臨床研究で有効性が95%だったことだ。シャヒン博士は、「開発したワクチンはほぼ完全に近い」と強調する。ワクチン製造では「有効性が70%以上だったら成功」と評価されるが、ビオンテック社のワクチンはそれを大きく上回っていたのだ。「ドイツのマインツ(ラインラント=プファルツ州の州都、人口約22万人)から凄いものが生まれるか」と久しくいわれてきたが、その小都市マインツに拠点を置くビオンテック社からコロナ・ワクチンが誕生したわけだ。

「ウイルスにはワクチンで対抗できないものがあるが、新型コロナウイルスの場合、人間の免疫システムで対応できるウイルスだ。だから、コロナウイルスが進化して、変異種となってその正体を変えたとしても、人間の免疫システムの監視から逃れることはできない。変異種のウイルスでもウイルス抗原の構造は1%も変わっていないからだ」(シャヒン博士)という。だから、英国や南アフリカで見つかり、欧州全土に広がっているコロナウイルスの変異種に対しても「懸念していない」という。

ただし、「免疫システムが抑圧されている患者の場合、ウイルスは自由に移動し、変わる時間が十分ある時は警戒しなければならない」と指摘し、変異種の動向の監視を緩めていない。ちなみに、ビオンテック社のワクチンの場合、マイナス70度の冷凍で保管しなければならないが、「夏の終わり頃にはそれより高温下でも保管できるワクチンが開発できるだろう」(チュレチ博士)という。同社には、60カ国以上からの専門家が働いている。

ビオンテック社が開発したコロナ・ワクチンは「mRNAワクチン」(メッセンジャーRNA)と呼ばれ、遺伝子治療の最新技術を駆使し、筋肉注射を通じて細胞内で免疫のあるタンパク質を効率的に作り出す。ウイルスを利用せずにワクチンを作ることができるから、短期間で大量生産が出来るメリットがある。ビオンテック社のワクチンは最新医薬技術を切り開いたといわれている。

“ジャーマン・ドリーム”を実現したと称賛される両博士は会社の仲間たちからは「作業動物(Arbeitstiere)」と呼ばれている。シャヒン博士はマインツ大学で実験腫瘍学を教え、夫人のチュレチ博士は欧州免疫療法学会(CIMT)の理事の1人として活躍するなど、会社、研究所、大学の間を飛び歩いている。がん治療の抜本的な改革を実現するまで、研究者と企業経営者の二足の草鞋を履いた生活が今後も続くという。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。