84歳の教皇は生前退位を考える

ローマ・カトリック教会最高指導者フランシスコ教皇は昨年12月17日に84歳になった。76歳の時にペテロの後継者、ローマ教皇に選出されてから約8年が経過した。生前退位を表明したベネディクト16世の後継者は当初、「私も死ぬまで教皇の座にいる考えはない」と語り、体力が弱り、職務の遂行に支障が生じたら、ベネディクト16世と同様、潔く退位する可能性があることを示唆した。

▲新年を迎えたフランシスコ教皇(バチカンニュース2021年1月1日から)

ただし当時、教皇就任直後ということもあって、誰もフランシスコ教皇のこの発言を深刻に受け取った者はいなかったが、8年後、84歳になったフランシスコ教皇の現状を考える時、南米出身のフランシスコ教皇は当時、真剣に生前退位の可能性を考えていたのかもしれない、と考え直した。

バチカンからの情報では、膝が悪い以外はフランシスコ教皇の健康に問題はないという。ただし、昨年のクリスマスの記念礼拝などをみれば、体力の衰えは隠しようがない。そのうえ、昨年からイタリアで猛威を振るう新型コロナウイルス感染の危険にもさらされている。実際、フランシスコ教皇の主治医が新型コロナに感染して死亡したばかりだ。

バチカン日刊紙オッセルバトーレ・ロマーノが9日報じたところによると、主治医のFabrizio Soccorsi氏はがんの治療で入院していたが、新型コロナに感染して合併症で亡くなった。そのニュースが流れると、「フランシスコ教皇は今週、ワクチンの接種を受ける」という記事がバチカンから流れてきた。ワクチン接種を推進する狙いもあるが、教皇にも感染の危険があると判断し、具体的な配慮があったはずだ。

バチカンが発表したフランシスコ教皇の2021年の外遊計画によると、決定しているのは3月5日から4日間のイラク訪問だけだ。教皇は南スーダン、そして9月にはハンガリーの首都ブタペストを訪問したい意向といわれているが、新型コロナ感染もあって、84歳の高齢教皇の外遊計画は不確かだ。世界教会の司教の定期的ローマ訪問も新型コロナの感染のために次々と延期されている。

ちなみに、教皇がイラク訪問に拘るのは理解できる。イラクを訪問したローマ教皇は過去、いない。フランシスコ教皇のイラク訪問は教皇初のイラク訪問となる。

中東諸国ではイスラム根本主義勢力、国際テロリスト、そしてトルコ系過激愛国主義者によるキリスト教徒への迫害が拡大。その結果、イラク戦争前に約120万人いたキリスト信者の半数が隣国などに亡命していった。イラクのフセイン政権時代のタレク・アジズ副首相もカルデア典礼のカトリック信者だったし、シリアのバース党創設者ミシェル・アフラク氏はギリシャ正教徒だった。しかし、イラク戦争後、状況は変わった。フランシスコ教皇のイラク訪問は中東のキリスト信者たちを鼓舞する狙いがあるはずだ。

外遊計画のほか、フランシスコ教皇は教皇の回勅「Amoris laetitia」(「愛の喜び」)5周年目を迎える3月19日から1年間、イエスの聖家族に倣って、家庭への愛を確認する「家庭の年」を表明する予定だ。

ところで、フランシスコ教皇を取り巻く環境は厳しい。聖職者の未成年者への性的虐待事件が絶えない。神父だけではない。司教、枢機卿の高位聖職者も性犯罪容疑で裁判を受けたり、聖職をはく奪されたりしてきた。バチカンの不正財政問題もある。

そのような中、フランシスコ教皇は昨年11月28日、新たに13人の枢機卿を任命した。枢機卿総数は229人で、コンクラーベ(教皇選出会)参加資格のある80歳未満の枢機卿の数は128人となった。その直後から、「フランシスコ教皇は近い将来、生前退位を表明するために、コンクラーベ開催の準備に入っているのではないか」といった憶測が流れてきた。

ベネディクト16世(在位2005年4月~2013年2月)が2013年2月、ローマ・カトリック教会史上、719年ぶりに生前退位を表明した時、聖マラキの預言を思い出した。マラキは1094年、現北アイルランド生まれのカトリック教会聖職者。彼は預言能力があった。その預言内容をまとめた著書「全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言」と呼ばれる預言書が1590年に登場した。カトリック教会では同預言書を「偽書」と批判する学者が少なくないが、その預言内容はこれまでほぼ的中していることから、多くの信奉者を持つ。

聖マラキは「全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言」の中で1143年に即位した教皇ケレスティヌス2世以降の112人(扱いによっては111人)の教皇を預言している。そして最後の111番目が生前退位したベネディクト16世だ。フランシスコ教皇は聖マラキの預言の中に入っていない。

興味深い点は111番目に当たるベネディクト16世の就任預言後の散文だ。ひょっとしたら、その散文は第266代の教皇として選出されたフランシスコ教皇と教会の未来について預言していたのかもしれない。

「極限の迫害の中で着座するだろう。ローマ人ペテロ、彼は様々な苦難の中で羊たちを司牧するだろう。そして、7つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下る、終わり」(ウィキぺディア)。

当方はこの散文を「聖マラキ、バチカンの終焉を預言」(2013年3月16日参考)というコラムの中で以下のように解釈した。

「べネディクト16世の退位後、イタリア系のローマ教皇が就任するが、その時、教会を取り囲む状況は深刻であり、リスボン大地震で欧州が崩壊的ダメージを受けたように、カトリック教会(バチカン)は神のみ言葉を受け入れないため崩壊していく。2000年のローマ・カトリック教会の歴史は終わりを迎える」

フランシスコ教皇は最後のローマ教皇というより、ベネディクト16世で本来、幕を閉じたローマ教皇の歴史の“破産管財人”の使命を受けているのではないだろうか。ベネディクト16世とフランシスコ教皇はその歩みに類似点が見られるのだ。

ベネディクト16世は85歳の誕生日を迎える直前に生前退位を決意した。フランシスコ教皇が同じステップを考えているとしたら、85歳の誕生日を迎える今年12月前に生前退位を決意し、その後1年内に正式に退位を表明する可能性が考えられる。もちろん、この部分は聖マラキの預言ではなく、当方の推測に過ぎない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。