今年(2021年)初め、南米ヴェネズエラのマドゥロ大統領が、隣国ガイアナ共和国の西部3分の2を占めるエセキボ(Essequibo)州の「再征服」を誓った(1月9日)。
それを受けて米国はガイアナを公然と支援する姿勢を示した(1月12日)。米海軍最高司令官がガイアナへ赴き、両国は合同沿岸警備隊演習を実施。米国はガイアナへの支援を倍増させている。(参考)
「ガイアナ」と聞いて、「ピープルズ・テンプル」事件を思い出した方も少なくないだろう。1978年に米国のカルト宗教「Peoples Temple(人民寺院)」の教祖ジム・ジョーンズに率いられてガイアナへ移住した信者900名以上が一斉に集団自殺した事件である。「社会主義」に心酔していたジョーンズが「資本主義の非人間性」に抗議するために、信者たちが青酸によって強制的に服毒自殺させられたともされ、大量殺人事件という説もある。米国にとっては「9・11」に並ぶ史上最悪の事件である。
今、そのガイアナが、さまざまな側面からホットスポットになりつつある。
オリノコ川とアマゾン川の間にある国「ガイアナ」はアメリカ先住民の言葉で「豊かな水の地」を意味する。英連邦加盟国の一つであり南米で唯一英語を公用語とする国だ。
オランダの植民地だったガイアナ(17世紀)は1815年に英国統治下に置かれる。奴隷制度が廃止されたことで砂糖プランテーションの労働力確保のためにインドからの年季奉公人の輸入が行われた。
その結果、現在のガイアナは東インド系が39.8パーセント、アフリカ系が29.3パーセントを占め、それが民族文化の分裂と政治不安を招いてきた。
しかし現在この国の経済成長ぶりは破竹の勢いである。
国際通貨基金(IMF)はガイアナの昨年(2020年)のGDP成長率を26.2パーセントとした。2019年の4.4パーセントからの上昇だ。ナスダックはガイアナを「世界で最も急速に成長している経済」に挙げている(参考)。
その理由はガイアナが世界のどの国よりも一人当たりの石油量が多いからだ。2000年に米国地質調査所(USGS)はガイアナ・スリナム盆地を世界で2番目に高い資源ポテンシャルを持つ未開発の石油盆地と認定した。
それ以来、米国(ExxonMobil、Esso、Hess)、スペイン(Repsol)、フランス(Total)、英国(Tullow Oil)、カナダ(CGX Energy)といった企業が探鉱・掘削活動に携わってきた。
その結果、実際にはもっと「途方もない(mind-boggling)」量の原油とガスが含まれていることがこれらの企業によって次々と明らかになりつつある(参考)。米国地質調査所(USGS)は改めて再調査を実施し推定を更新する予定だ。
ヴェネズエラとは120年の長きに渡る国境紛争/領土問題を抱えてきた。19世紀後半にガイアナで行われた英国の植民地主義の遺産である。
ヴェネズエラが領有権を主張している主要な部分は沖合にあり、米エクソンモービルが12万b/dのライザ油田の開発を進めている。
米エクソンモービルは2026年にガイアナからの原油生産量を75万b/dと予想しており、現在のヴェネズエラの40万b/d弱を上回る。
今回の領土問題の再燃は今年初めに起こったことと重なっている。1月5日にヴェネズエラのマドゥロ大統領が三権完全掌握し新国会を発足、独裁体制を完成させた(参考)。これに対しアメリカは7日「茶番だ」として結果を認めない考えを表明したのだ(参考)。
昨年(2020年)4月6日に国家安全保障アーカイヴ(NSA)で機密解除された文書からラテンアメリカでこれまであまり知られてこなかった冷戦時代のCIAと英国によるガイアナの政治クーデターの事実が明らかになった(参考)。
当時キューバ革命の後というタイミングでカリブ海地域において親欧米(pre-western)政府が政権を握ることを確保しようとしたアメリカの強い決意であった(参考)。
今後のガイアナのGDP成長率をナスダックは2021年12パーセント、2022年49パーセント、2023年28パーセントと見込んでいる。現在68.1億ドルのGDPは2025年には2倍以上の140.8億ドルになると予想されている(参考)。
嵐の気配を見せるガイアナの今後の動向、そして南米を「庭」とするアメリカがそこでどのような介入を行うのか、注視して参りたい。
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二宮 美樹 株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA) グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst
米国で勤務後ロータリー財団国際親善奨学生としてフランス留学。パリ・ドーフィンヌ大学大学院で国際ビジネス修士号取得。エグゼクティブ・コーチングファームでグローバル情報調査を担当、2020 年7月より現職。