イラン戦争を引き起こそうとしたトランプ政権

鎌田 慈央

大規模な米軍兵力を要した戦争は無かったが

「我々はここ数十年間でアメリカを新しい戦争に巻き込まなかった初めての政権であった。」

退任まで残り数日を残したペンス前副大統領は自らのツイッターアカウントでそのように誇った。

冷戦という武力衝突を伴わない、米ソ間の高い緊張感が続いた時代が終わりを迎えると同時に、たがが外れたかのようにアメリカは文字通り「熱い」戦争に身を投じてきた。そのなかでも、国際法、同盟国の要請を無視して、単独主義的にアメリカがイラクに武力侵攻したイラク戦争が特に悪名高いものである。しかし、アメリカが関わった戦争が全て大義の無いものであったかと言えば、そうではない。

例えば、湾岸戦争、アフガニスタン戦争は国連安保理から承認を得てアメリカが参加したものであり、それぞれ侵略行為、テロ行為に制裁を加えるためものであったことから、正統性、大義が備わった戦争でもあった。

一概に新しい戦争を始めかったからといって絶対悪とは言えない。

一方で、トランプ政権は大規模な米軍兵力を投入しての軍事力を行使しなかったものの、金融制裁という軍事力と同等の力を要する手段を乱発した。そのせいで、新たな戦争をいつ引き起こしてもおかしくない状況を作り上げていた。

金融制裁の威力

金融制裁が威力を帯びるのは貿易などの国際取引で米ドルが使用される頻度が著しく多いからである。米ドルの価値が他の通貨のものと比べて安定しており、それもあって国際市場に多く出回っていることが、その所以である。

また、米ドルを用いて決済をする際に、例えば、A国からB国に送金する際、送金したお金は直接、A国からB国に行くのではなく、一旦米国を通して、つまり米政府機関の監視の目を通る必要がある。

その過程で、もし米国が敵対する国に送金が行われていることが発覚した場合、米国は送金を妨害して、加えてその国に送金しようとした企業、国に対して違反金を請求することができる。これが金融制裁の一連の流れである。

そして、金融制裁が持つ威力は制裁国に送金した当事者が払わなければならない違反金の額で可視化することができる。

2020年9月に米財務省はドイツ銀行がロシアのクリミア併合に伴った一連の制裁に違反し、違約金として約58億米ドル(約5800億円)を払うことに合意したと発表した。

合理的に考えれば、これほどの高い額の制裁金を払い、制裁国と交易をしようとは思わないはずであり、違反金という負のインセンティブがあることで、制裁国との間で貿易をすることを極力避ける傾向が生まれる。

そして、米国の金融制裁の影響で現在進行形で苦しんでいるのがイランである。

イランの体制変換を狙ったトランプ政権

トランプ政権は前任者のオバマ政権の功績を覆すキャンペーンの一環で2018年にイラン核合意から離脱した。この合意は対イラン制裁を緩めることを条件にイランが核開発を中断すること(この協定はイランが永久的なものにすることを拒んだため、15年という制限付きのものであった。)を条件に米国がそれまで課していた対イラン制裁を緩めることを定めたものであった。

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しかし、トランプ政権は既存の合意がイランのテロ支援活動に歯止めをかけていないとの大義名分で、合意から離脱し、それに伴い「最大限の圧力」というスローガンのもとで対イラン制裁を復活させた。

そのせいで、イランは甚大な被害を被った。違約金の発生を恐れて多くの国々はイラン経済の歯車である石油の購入を回避し、その結果、イランの石油輸出量は2019年に1980年初頭以来の最低水準にまで落ちこんだ。

また、石油が売れなくなったことは、国内経済に大きな打撃を与えることにつながった。イランのGDPは大きく下がり、米ドルの使用が制限され、海外からものを手に入れるために必要な外貨の獲得が困難になったことから物不足に陥り、イランは深刻なインフレを経験した。そして、不況に苦しむイラン国民はデモに繰り出し、国内が非常に不安定化した。

だが、いくらイランが困窮した状況に追い込まれようとも、トランプ政権はイランが米国の提示する条件をすべて呑まない限りは制裁の適応を引き続き行うとしていた。そして、それらの条件はイランが到底呑めるものではなかった。まるで日本を対米開戦に追い込んだハルノートのイラン版である。

また、イランが米国に従わなければ、体制変換が果たされるまで制裁をつづけることを暗示していた。

米国が核合意から離脱して早々、当時国務長官だったポンペオ氏は「もし彼ら(イラン国民)が(自らの政府を取り替えるかどうか)決断しなければ、米国が提示した条件が実現されるまで強い姿勢でイランと対峙する」と明言した。

米国が提示した条件、そして金融制裁を用いてイラン政府の転覆を暗示させるような政府高官の発言は宣戦布告を匂わせるものであり、極限まで追い込まれたと感じたイランが武力攻撃を米国、またはその同盟国に加えてもおかしくなかった。

しかしながら、そのような懸念をイランが覚えているとは考えていないかのように、トランプ政権は核合意離脱以後もイランへの挑発を繰り返した。2020年1月にイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を暗殺し、同じ年には中東諸国とイスラエルとの間で国交正常化を促進し、対イラン包囲網の形成に努めた。そして、トランプ大統領は退任間際にイランを攻撃できる方法を側近に聞いたという報道があり、それを否定する声明を出さなかったことから彼が本気でそのオプションを考えていたのではないかと思わずにはいられなかった。

イランの忍耐力に助けられたトランプ政権

結果的には、どれほど挑発をされようともイランは耐え忍び、米国に対して過度な反撃に打って出ることはなかった。しかし、米国とイランはトランプ政権下において絶えず戦争勃発の瀬戸際という高い緊張関係にあった。

戦争が起こらなかったのは偶然に過ぎず、トランプ政権がイラン戦争開戦という負のレガシーを背負うことも十分現実味はあったのである。