ジョー・バイデン氏が第46代米大統領に就任して以来、イラン当局は忙しくなった。トランプ前大統領が核合意から離脱を表明して以来、核関連活動を徐々に再開してきたテヘランにとって、米国への圧力を高める時が来たという判断があるからだ。
何らかの外交協定から一旦離脱した国が再び加わるというケースは余り多くはないが、皆無ではない。しかし、バイデン米国の場合、トランプ前政権が決定した外交決定を全て元返しにするという暗黙の了承のもとに立たされているだけに、バイデン新政権がイランの核合意に復帰するのが既成事実と受け取られてきた経緯がある。
米国務省関係者は18日、「欧州連合(EU)の3国(英仏独)がイラン核合意への米国の復帰問題について協議する場を設けるならば、米国は参加する用意がある」と述べる一方、国連安保理事会に対してトランプ前政権のイラン核合意からの離脱決定を無効化する旨を書簡で通達したという。
外電によると、ブリンケン米国務長官は同日、英仏独外相との協議後、「イランが核合意の内容を遵守するならば、米国も同様の措置を取る意向だ」と述べ、イランに対して協議する用意があることを伝えている。
イラン核合意への復帰問題は本来、厄介な問題だ。イラン側は「今こそ、押せ押せ外交を展開させる時だ」という判断があるから、攻撃的な外交を展開するだろうし、米国は大国としてのメンツを保ちながら離脱した外交のフレームワークに復帰することになるからだ。要するに、両国の協議再開へのスタートポジションは異なっているのだ。
イラン核協議は国連常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で15年7月に包括的共同行動計画(JCPOA)が締結されたが、トランプ米大統領が18年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱を表明した。それを受け、イランは「欧州EU3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張してきた。
イランは19年5月以来、欧州3国の経済支援が不十分として、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反してきた。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。
ちなみに、イラン核合意では、イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、国際原子力機関(IAEA)の監視下に置き、遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3.67%までとなっている。そして濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少させることなどが明記されていた。
そして米国でバイデン新政権が誕生すると、イラン側の米新政権への圧力行使を更に強めてきた。具体的には、イランは昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR一1」に代わって、新型遠心分離機「IR一2m」に連結した2つのカスケードを設置する計画を明らかにした。
そして、今年1月1日、同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。欧米の核専門家は、「濃縮度20%を達成できれば、核兵器用のウラン濃縮度90%はもはや時間の問題となる」と指摘、イラン側が核兵器製造を視野に入れたことの意思表示と警戒している。それに先立ち、イラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。
そしてイランは2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。金属ウランは核兵器の中核部分に使用できるが、高濃縮金属ウランが必要となる。そして今月15日、未申告の施設に対する抜き打ち査察の受け入れを今月23日に停止すると通告した。イランは追加議定書には加盟していないが、IAEAの抜き打ち査察をこれまで受け入れてきた。
なお、IAEA査察団は昨年秋、イラン国内の2カ所の未申告の核関連施設から採取されたサンプルから放射性物質の痕跡が発見されたことかから、イランが秘密裡に核開発計画を推進してきた疑いが改めて浮かび上がっている。米国や欧州が懸念している点は、イランの核開発だけではなく、核搭載可能なミサイル開発だ。イランは核搭載可能なミサイル(シャハブ3)実験を行っている。イランは19年8月、イエメン内戦で中距離ミサイルを使用している(「米国の『イラン核合意』復帰は慎重に」2020年11月26日参考)。
IAEAのグロッシ事務局長は20日、イラン側と協議するためテヘランを訪問するが、イランにとってIAEAとの協議ではなく、米国との協議が急務だ。IAEAは査察検証のツールに過ぎないからだ。ロウハニ大統領は米国の制裁解除を獲得するために、バイデン新政権が対イラン政策の変更を願っている。そのためには米国との協議を再開し、対イラン制裁の解除を要求したいところだ。明らかな点は、イラン側は核協議の新たな交渉には応じる考えはないことだ。
イランが核関連活動を加速し、核兵器製造に乗り出す気配が出た場合、イスラエルはイランの核関連施設への空爆も辞さないだろう。イスラエルとイラン間で紛争が勃発するようなことがあれば、他の中東地域に混乱が波及することは必至だ。
外交攻勢をかけるイラン側の現状は深刻だ。米国の対イラン制裁を解除しない限り、イランの国民経済は破産寸前だからだ。同国では6月、大統領選挙が実施される。イラン国内の保守派勢力(イラン革命防衛隊)の暴発を警戒しなければならない(「イラン当局が解決できない国内事情」2020年12月2日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年2月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。