企業不祥事の発生は「必然」だが発覚は「偶然」である-小林化工事案の考察

薬剤に睡眠薬が混入し、2月に業務停止命令が下された小林化工の(経営者が関与したとされる)企業不正については、すでに多くのメディアが報じています(たとえば時事通信ニュースはこちら)。福井県の名門企業であり、ジェネリック大手として地域経済の活性化にも大きく貢献している同社が、なぜ長年にわたって試験結果の捏造等の不正に手を染めていたのか・・・。

(小林化工株式会社HPから:編集部)

問題発覚の原因は、イトラコナゾールに睡眠薬が混入し、死亡例を含む健康被害が出たことにあります(自動車事故や転倒など、健康被害は239人にのぼるー2月8日時点)。その後の福井県による立ち入り調査で、①2人で作業すべき原料取り出し作業を1人で実施(内部統制違反)、②国に提出している手順書とは別の「裏手順書」による原料の継ぎ足し(法令違反)、③平時の立ち入り調査用に虚偽記録を作成、④品質試験結果を捏造(法令違反)、⑤長年、これらの法令違反を経営陣が黙認・放置、といった事実が明るみに出ました。

同社社長さんの会見では、「安定供給が最優先であり、決して欠品で医療関係者・患者の皆様に迷惑をかけてはいけない」「生産性の向上を図るために、できるかぎり効率的な作業を優先していた」「ジェネリックという患者様を救う新たな領域を社会に浸透させたかった」という言葉が何度か出ていました。同社の不祥事を並べると、とんでもない悪質企業のようにも思えますが、コンプライアンスを秤にかけて自らの正義に重きを置く企業はとても多い、というのが実感です。毎度申し上げるとおり、どんなに立派な企業でも不祥事は発生するのであり、同業他社としのぎを削る以上、発生は「必然」です。

今回は「たまたま」現場作業担当者のミスによって薬剤混入事件が発生したことから明るみに出たのであり(事故発生→不祥事発覚)、もし当該ミスがなければ、今も同社は福井県の地域貢献企業として、厚い内部留保のサステナビリティ・カンパニーの代表格であったはずです。

ただ、ここから先は私の推測を含むものであり、間違っていれば福井県に失礼になるのですが、本件は福井県が「本気の調査」を行ったからこそ、同社の長年の不祥事発覚に至ったのではないかと推測しております。というのも、今回の件の発端は、ひとりのベテラン内科医師による通報にあると考えられるからです(こちらのヤフーニュース参照)。

外部からの通報によって小林化工としては薬剤と健康被害との因果関係を認めて調査に乗り出すわけですが、福井県としても、医療関係者のエビデンスに基づく通報が先行している以上、性悪説に基づいた調査を徹底しなければ県民に説明がつかない。ということで、県の徹底調査によって長年の不正が一気に(しかもスピーディーに)明るみに出ることになったと思われます。なお、新聞報道された後に「会社関係者の証言」も出てきましたので、内部告発もあったと思われます。

いずれにしても、(たとえ事故が発生していたとしても)59歳のベテラン内科医師の勇気ある行動がなければ、地域の名門企業の不祥事は明るみに出なかった可能性が高く、不祥事の発覚は「偶然」です。過去の不正を是正するところまではできたとしても、これを「なかったことに」して公表しない、という企業は多いと思います。多くの企業が、本件の「59歳のベテラン医師」のような人が出てこないことに期待を寄せるのです。そして、この「偶然」を「必然」に変えていくのが公益通報者保護制度、ということになります。

ちなみに今週月曜日(2月22日)、いよいよ消費者庁HPに「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会・報告書案」が公表されました。同検討会では、企業実務に大きな影響を及ぼす改正公益通報者保護法第11条1項、同2項の指針の内容が検討されてきましたが、その全貌が見えてきました。上場会社の社長ですら「前科1犯」になりかねない法改正なので、経済団体代表委員の個別意見の内容は(公益通報に基づく社内調査の実効性を上げる、という意味では)まことに当を得たものと考えます。本報告書案に関する当職の意見はまた別途エントリーで述べたいと思います。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2021年2月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。