イランが示した北朝鮮との「違い」

2021年02月24日 17:00

イランは23日、予定通り、国際原子力機関(IAEA)に抜き打ち査察などの履行を認める追加議定書の履行を停止した。それに先立ち、イランを訪問したIAEAのグロッシ事務局長は21日、ウィーンに帰国後、テヘランでの核協議の結果について、「イランは23日から抜き打ち査察を停止するが、最長3カ月間は必要な査察と監視を受け入れる」と報告した。多分、この結果は、IAEAが現時点でイランから勝ち得る最大の譲歩だろう。

▲核合意の「行動計画表」を示す国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長とイランのサレヒ原子力庁長官(2015年7月14日、IAEA提供)

▲核合意の「行動計画表」を示す国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長とイランのサレヒ原子力庁長官(2015年7月14日、IAEA提供)

抜き打ち査察とは、IAEA査察官が必要と判断した場合、24時間以内に関連核施設を査察できることを意味する。イランは当初、核合意に基づいてIAEAの査察(包括的核保障協定)を受け入れたが、抜き打ち査察ではなかった。IAEAはイランに抜き打ち査察などを可能とする追加議定書の加盟を強く要請。それを受け、イランは追加議定書を暫定的に履行してきた経緯がある。テヘラン側の説明ではあくまでも「善意の表現」ということになる。

話は急遽、北朝鮮の核問題に飛ぶ。IAEAは北朝鮮が未申告の核関連施設で核開発計画を実行しているとして、当時のブリックス事務局長が1993年2月、北朝鮮に対し、特別査察の実施を要求した。特別査察は現在の追加議定書に基づいた抜き打ち査察のような内容だ。それに対し、北朝鮮の金正日総書記(当時)は核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明した。なぜなら、抜き打ち査察は国家の主権蹂躙に当たるので、国家の主体を重視する北朝鮮としては、絶対に特別査察は受け入れることは出来ないというわけだ。

翌1994年、米朝核合意が一旦実現し、北はNPTに留まったが、ウラン濃縮開発容疑が浮上すると北は2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、その翌年、NPTとIAEAからの脱退を表明した。そして06年、6カ国協議の共同合意に基づいて、北の核施設への「初期段階の措置」が承認され、IAEAは再び北朝鮮の核施設の監視を再開したが、北は同年10月、初の核実験を実施。09年4月、IAEA査察官を国外追放。それ以降、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを完全に失い、現在に至る。北はこれまで6回の核実験を行った。

北朝鮮の核問題を解決するためにノーベル平和賞(05年)を受賞したばかりのエルバラダイ事務局長は07年3月、北朝鮮を訪問し、金正日総書記を説得するつもりだった。平壌入りしたエルバラダイ事務局長は金正日総書記とのトップ会談を期待したが実現できず、寒い待合室で長時間待機せざるを得なかった。

北側はエルバラダイ事務局長を嫌っていた。その理由は同事務局長がブリックス時代、特別査察の法的枠組みを確立した張本人で、特別査察=エルバラダイと受け取られていたからだ。そんな事情を知らないエルバラダイ事務局長はノーベル平和賞を受賞した勢いもあって訪朝したが、金正日総書記から相手にされずに、空手でウィーンに戻ってきたわけだ。

話をイランの核問題に戻す。イランは北朝鮮の核問題の進展を研究していたはずだ。イランは「善意の表現」としてIAEAの抜き打ち査察を認めることで、核合意からもたらされるメリットを享受してきた。しかし、トランプ大統領(当時)が18年5月、イラン核合意から離脱を表明すると共に、対イラン経済制裁(イラン産原油禁輸)を再開したことでイラン側の狙いは水泡に帰した。

米国のイラン核合意離脱後、イランは核合意の内容を一つ一つ無効にし、ウラン濃縮度を20%にアップ、最新の遠心分離機の導入などを実施。そして最後は今月23日を期してIAEAの抜き打ち査察を停止した。しかし、イランは「最長3カ月間、必要な査察、監視は受け入れる」と表明して、IAEAとの完全な決裂を回避している。

イランと北朝鮮の核協議は北が一歩先行し、その後をイランがついてきている、といった具合だ。北朝鮮は06年、最初の核実験を実施して北の核協議はその時に完全に停止する一方、北の非核化交渉へと協議の焦点が移っていった。一方、イランは今回、欧米に3カ月間という査察の猶予期間を提示することで、①米国の核合意再統合、対イラン経済制裁の停止、②イランの核合意再順守というテーマでワシントンとテヘランが外交ルートを通じて協議できる道を開いたことになる。ただし、イランは新たな核協議を始める考えはなく、あくまでも15年の核合意の再開を模索していることだ。

イランは北朝鮮とは抜き打ち査察問題で違いを示したわけだ。その理由は、イランが米国の対イラン経済制裁の解除が不可欠だからだ。換言すれば、核開発はいつでも再開できるが、米の経済制裁の解除は急務だからだ。

ちなみに、イランは核兵器の製造のノウハウを既に獲得しているとみて間違いないだろう。その意味で、イランの核協議は北朝鮮と同様、近い将来、非核化交渉に焦点を移行する可能性がある。その場合、イスラエルの動向が無視できなくなる。

当方は昔、サレヒ副大統領兼原子力長官と会見したことがある。当時はサレヒ氏は駐ウィーンIAEA担当大使だった。サレヒ大使に、「イランは北朝鮮と核関連分野で情報の交流をしているのか」と尋ねた。すると大使は侮辱されたような気分になったのだろう、「私は核物理学者としてテヘラン大学で教鞭をとってきたが、北の科学技術に関する専門書を大学図書館で見たことがない。核分野でわが国の方が数段進んでいる」と強調した。

当方が会見の終わりに、「大使、核開発問題は分かりましたが、ミサイル開発分野での北朝鮮との協調はないのですか」としつこく聞くと、今度ばかりは大使は即答せず、「ミサイル開発問題については知らないよ」と答えるのに留めた。

いずれにしても、今後3カ月間の米国とイランの核協議はイランの核計画を軌道修正できる最後のチャンスかもしれない。米国が対イラン経済制裁を解除しない場合、イランの保守派勢力は核開発へと邁進するだろう(「イラン保守派勢力の暴発に警戒を!」2021年2月20日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年2月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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