中国の対中東政策は破綻の運命に

長谷川 良

中国の対中東政策が注目されている。中国とイランは石油取引や核問題などで利害の共通点が多く、両国は対米政策では共同歩調を取ってきた。サウジアラビアやバーレーンなど他の中東諸国とはあまり縁が深くなかったが、中国はここにきて新しい中東政策を掲げ、中東での影響力拡大に動き出してきた。米国や欧州の対中包囲網の突破を目指し、中国の人権問題にも理解を示す一種の共通価値を有する同盟国探しに躍起となってきたわけだ。

友達探しで奔走する王毅外相(中華人民共和国外交部公式サイトから)

▲友達探しで奔走する王毅外相(中華人民共和国外交部公式サイトから)

米国でバイデン新政権が発足後、米新政権の対中政策の出方をうかがってきた中国は、米アラスカでの米中外交トップ会談が破綻し、米新政権が欧州諸国や日本との関係を深め、対中包囲網の強化に乗り出す姿勢を見せてきたため、危機感を深めている。

米国は中国共産党政権の少数民族、新疆ウイグル自治区のウイグル人への人権弾圧を理由に中国に制裁を科したが、欧州連合(EU)も先月22日、中国の新疆ウイグル自治区での人権弾圧に抗議し対中制裁を実施、中国の4個人と1団体に対しEUへの渡航禁止や資産凍結といった制裁を科している。EUの対中制裁は1989年の天安門事件以来のものだ。

中国共産党政権のウイグル人への弾圧はポンぺオ前米国務長官が「ジェノサイド」(集団虐殺)と指摘した通り、もはや看過できないものがある。中国側はウイグル人弾圧問題を「内政干渉だ」、「中国人への侮辱だ」(中国外務省の華春瑩報道局長)と強く反論する一方、中国の人権問題に理解をもつ国探しが急務となってきたのだ。

中国の外交を担当する王毅外相のスケジュールは詰まっている。新型コロナウイルスの感染拡大で外遊を控える外相が多い中、王毅外相の日程はスーパースター並みだ。同外相は先月24日から30日、6カ国の中東(サウジアラビア、トルコ、イラン、アラブ首長国連邦=UAE、オマーン、バーレーン)を歴訪し、中国と中東諸国との外交関係強化に動き出してきた。歴訪で注目されたのは、イランと中国間の25年間の包括的協定の締結、UAE国内で中国のシノバック製新型コロナワクチンの製造協力で合意したことなどだ。

王毅外相はその直後、今月1日には福建省南平市でマレーシアのヒシャムディン外相と会談し、米英国の対ミャンマー制裁への動きに対し、「出しゃばって勝手に圧力を加えるべきではない」と厳しく非難。マレーシア、インドネシア、フィリピンの各外相とも会見、東南アジア諸国連合(ASEAN)との連携の強化にも力を入れている、といった具合だ。

米欧の対中批判のポイントは、現時点ではウイグル人弾圧、香港の民主化問題、そして中国のミャンマー軍事政権への支援問題に向けられてきた。特に、ジェノサイドと指摘されているウイグル人への人権弾圧は国際問題となってきた。それに対し、中国側は、中東のサウジアラビアなど人権問題で欧米から批判されてきた国に目を付け、経済支援などを提案する一方、人権問題で共同戦線を敷く作戦を展開させてきたわけだ。

中国の対中東外交は成功するだろうか。例えば、王外相が先月24日、最初に訪問したサウジはイスラム教スンニ派の盟主であり、その他の中東諸国の中でも厳格なワッハーブ派だ。女性の権利は制限され、人権の蹂躙が頻繁に批判されてきた。

サウジアラビアの反体制ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)がトルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で殺された殺人事件を思い出す読者もいるだろう(「『カショギ氏殺人事件』1カ月の総括」2018年11月1日参考)。同事件の背後にはムハンマド皇太子の指令があったといわれてきた。サウジは中国共産党政権と同様、人権分野では大きな問題を抱えている。同国は欧米メディアで人権弾圧を糾弾されるたびに「内政干渉」と反論してきた経緯がある。中東の盟主サウジと中国共産党政権は人権問題では共同戦線を敷く余地があるわけだ。

しかし、中国が過去、中東諸国との外交関係で躊躇してきたのは、それなりの理由がある。サウジを含む中東はイスラム教という宗教が大きな影響を持つ地域であり、人権問題で共同戦線を敷くことが出来ても、遅かれ早かれ宗教問題で中国共産党政権と衝突する可能性があるためだ。例えば、ウイグル自治区のウイグル人の多くはイスラム教徒(主にスンニ派)だ。そのウイグル人への弾圧を中東諸国はいつまでも黙認できないし、中国共産党政権の宗教政策を批判せざるを得なくなるだろう。ちなみに、トルコは中国から逃げてきたウイグル人を受け入れている。王毅外相のトルコ訪問中に抗議デモが起きている。

習近平主席が政権を掌握して以来、宗教への弾圧は強められてきた。宗教を抹殺できないことを知った習主席は「宗教の中国化」を実施してきている。これは、宗教を完全に撲滅することは難しいと判断し、宗教を中国共産党の指導の下、中国化すること(同化政策)が狙いだ。その実例は新疆ウイグル自治区(イスラム教)で実行中だ。

キリスト教会に対しては官製聖職者組織「愛国協会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている。習主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告している(「習近平主席の狙いは『宗教の中国化』」2020年6月12日参考)。

また、ここにきて中国は「人権」について新しい定義(解釈)を明らかにしている。王毅外相は今年2月に開催された国連人権理事会(UNHRC)第46回会議でウイグル自治区の人権弾圧批判に対し、「人権とは経済発展と安保の観点から考えるべきで、民主主義と自由に焦点を合わせるのは最後だ」と説明したという。換言すれば、「国が安定し、国民が3食を充分に得るまでは個々の国民の人権(自由)は後回し」ということだ。

中国共産党政権は中東など人権問題を抱えている「人権後進国」と共同戦線を一時的に築くことができたとしても、「宗教問題」という別の大きなハードルに直面することになり、それをクリアすることは難しいだろう。長期的視野からみれば、中国と中東諸国の関係は共通価値観を有する同盟国とはなり得ないのだ。そのことは中国とイラン両国の関係にも当てはまる。中国共産党政権が続く限り、中国と共通の価値観を有する国は少なくなっていくだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。