故事ことわざで振り返る新型コロナ騒動 --- 中村 哲也

青天の咳疫(せきえき)?で始まった新型コロナ騒動であるが、これまでの経過は、人間の本性や社会の矛盾があぶり出され、残念なことに、日本の経済社会が深い傷を負った事態だった。

振り返ってみれば、様々な人の振舞に目新しいことはなく、古くから伝わる慣用句、故事ことわざがあてはまる。順にご紹介したい。

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【一将功成万骨枯】

NY州知事のクオモ氏、東京都知事の小池氏は、コロナ対応の華麗な記者会見によってマスコミに頻繁に露出することに成功し、大衆の人気を集めた。

しかし、1年が経過し、その人気に陰りが見え始めている。クオモ氏は、高齢者施設での新型コロナウイルスによる死者数を隠蔽していた疑惑や、複数の女性へのセクハラ疑惑が指摘されたことによる。

小池氏も、華麗な記者会見とは裏腹に、実のあるコロナ対策が十分でなかったとの批判のほか、実績の多くは、長年に渡り蓄えられた都の基金によるもので、そのほとんどを1年で費消したとの批判もある。

かつての権力者は、自らを美化するよう歴史を修飾することもできたが、今日、SNSで情報が受発信される世界では、多くの犠牲、踏み台の上で人気を得ようとしても、化けの皮が剥がれる例となるかもしれない。

【守株待兎】

陽性者の増加局面で過大な試算を饒舌に発表し、減少局面で沈黙することを繰り返した西浦氏は、株を守り、兎を待った農民と重なる。「株」はSIRモデル、「兎」は感染予測で、兎が株にぶつかることはなかった。疫学の専門家でない私には、そのように見えてしかたない。

今後も、西浦氏は株を守る様子に見えるが、果たしてご存命中に株にぶつかる兎が現れるのだろうか。

【一犬吠形、百犬吠聲】

昨年、NY州では、3月1日に最初の感染者1名が確認され、2週間後の15日には729名(死者6名)、その2週間後の29日には、59,513名(死者965名)、と急激に拡大した。(在ニューヨーク総領事館公表資料(当時))

日本では、4月8日に緊急事態宣言が発令され、15日には西浦氏が42万人の試算を公表したが、発令前に感染は収束を始めていた。

欧米の非常事態宣言より遥かに緩い対応の日本で感染が収束していること、また、感染拡大は、春節時期の旅行者との関連が考えられるが、日本には多くの旅行者が来訪していたことから、常識的な人たちは彼我の違いに首をかしげ、山中伸弥教授が「ファクターX」と名付けたのもこの頃である。

「このままでは2週間後のNYになる。」は、同じ頃、コロナの女王と呼ばれる岡田氏や、WHO関係者の渋谷氏が言い、マスコミに登場する専門家やコメンテーターなど多くの人が同様の発言を繰り返した。今に至るも、陽性者の増加局面で繰り返されている。

これは、一匹の犬が吠え、その声に反応して多くの犬が吠える状況と似ているように私には見えた。冷静に状況を見極めなければならないにもかかわらず、よく分析もせずただ声を上げた人たちだ。

【論語読みの論語知らず】

他分野の方からの指摘や質問などへの岩田健太郎氏の対応を見ると、ほとんどの応答は、専門家はこのように整理していますというもので、相手方の指摘内容を咀嚼、吸収する様子が見られない。そして、自らの主張と異なるものは、それは素人さんが言っていることと整理されている。

こうした言動の不思議さを考えた時、彼の頭の中は、医学の教科書、専門書の情報で溢れており、しかしながら、収納された情報相互の連携が弱く、情報が体系的に整理されていないため、多くの容量を消費しているのではないかと想像すると、私は合点がいった。もちろん、これは私の想像である。

入学試験、国家資格の試験は、ボーダーライン上の僅差を厳格に判定し合否を決めなければならない。試験問題に別の解釈があり、正答が複数あると大問題になる。このため試験問題は、曖昧なものは排除される。重要な概念は明解なものばかりではなく、試験問題になじまない重要な概念もある。

医師は、入学試験、国家試験などの難関をパスした人たちだが、教科書に書かれている多くの情報から、その背景にある本質的な事柄を連想し体系を理解することで効率よく学習された人が多いだろう。

一方で、教科書に書かれている多くの情報を枝葉末節に至るまで徹底的に記憶することで合格した方もいるのだろうと想像している。

【羊飼いと狼】

安倍総理は昨年2月29日の会見で、これから1〜2週間が、急速な拡大に進むか、終息(※官邸HPの原文ママ)できるかの瀬戸際となるとの専門家の指摘を根拠に、全国の学校に休校とするよう要請した。私の記憶では、これが最初に聞いた「正念場の2週間」である。

その後も専門家や医師会関係者たちによる正念場発言は繰り返され、直近は、4月1日の記者会見での尾見分科会長の「6月までが正念場」である。

團伊玖磨氏のエッセイ集「パイプのけむり」は、「続パイプのけむり」、「続々パイプのけむり」と続き、「なおパイプのけむり」、「なおなおパイプのけむり」や、「さてさてパイプのけむり」、「どっこいパイプのけむり」などをはさみ、「さよならパイプのけむり」まで全27巻を数えるが、このままだと、来年の今頃、正念場はこの記録を超える。

休日の繁華街は、昨年の今頃と異なり多くの人が出歩く状況で、専門家の警告を誰も聞かなくなっており、そのことを専門家の方は危惧しているようだが、原因がどこにあるかは明らかではないだろうか。

【矯角殺牛】

何の問題もない牛の角を斧で斬りつけ、勢い余り牛を殺した故事だが、コロナ騒動にあてはめると「牛」は日本の経済社会で、とても深い傷を負った。

出典は三世紀頃の玄中記。玄中記は霊異譚で、この牛は老木の化身、精霊で吉兆だった。現代日本の「角」の専門家たちは、日本経済復活の芽も摘んだのだとすると、実に罪深い。

今年は奇しくも丑年だが、寅が殺されることがないよう祈りたい。

中村 哲也
団体職員(建設分野)