河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変”

2019年7月の参院選広島選挙区をめぐる買収事件で、公職選挙法(公選法)違反の罪に問われた河井克行元法務大臣の被告人質問は、3月23日の第47回公判から4月8日の第53回公判まで、7期日にわたって行われて終了した。これで、証拠調べは終了し、次回4月30日の公判で検察官の論告と弁護人の弁論が行われ、その次の期日で判決が言い渡される。

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克行氏は、初公判では起訴事実は買収には当たらないとして全面無罪を主張していたが、被告人質問初日に罪状認否を変更し、首長・議員らへの現金供与も含め、殆どの起訴事実について、「事実を争わない」とした。

しかし、「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、地元政治家らに対して、寄附をしたもの」との初公判での主張は、被告人質問でも何ら変わっていない。克行氏は、ほとんどの事実を「争わない」として買収罪の事実を認めたが、認めた事実関係は、従来どおり「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動」の主張そのものなのである。

被告人が「争わない」としている以上、有罪判決が出ることは確実だが、その前提となる事実は、克行氏が7期日にわたる被告人質問で述べたことと、それまでの公判での証言等によって認定されることになる。それは、党勢拡大・地盤培養活動等の「政治資金の寄附」であっても、「当選を得させる目的で金銭を供与」すれば買収罪が成立することを意味する。

そして、弁護人の質問の最後で、克行氏は、党本部からの交付金と買収資金の関係について、

15000万円は別の用途に使い切った。買収資金を政党交付金から出す発想は全くない」

と言い切った。しかし、克行氏の公判供述全体を見ると、むしろ、自民党本部からの1億5000万円が買収の実質的原資となったことが明白になったといえる。

それは、戦後の日本社会で当たり前のように繰り返されてきた「自民党的選挙資金の提供」が、丸ごと公選法違反(買収罪)に該当することを意味する。まさに、「河井克行元法相有罪判決」は、日本の公職選挙に「激変」をもたらす可能性があり、その激震の直後に行われるのが、今年の秋までに実施される次期「衆議院議員選挙」なのである。

克行氏の被告人質問での供述全文を掲載している中国新聞デジタル記事【詳報・克行被告第47回公判】~【詳報・克行被告第54回公判】に基づき、公判供述を整理し、この裁判で、「有罪」と認定されることが必至の克行氏の公選法違反について解説することとしたい。

弁護人質問での克行氏の供述

まず、第47回公判から第51回公判までの「弁護人質問での公判供述」の要点は、以下のとおりだ。

(1)(県議・市議に現金を渡した事実について)妻案里の当選を得たいという気持ちが全くなかったとはいえない、否定することはできない。全てが選挙買収目的だったということは断じてないが、全般的に選挙買収罪の事実であることは争わない(【第47回】)。

(2)案里が公認されても溝手氏の票が大きく奪われると予期していなかった。顧客層が違う。溝手氏は70歳過ぎで、大臣経験、広島の東部出身、宏池会(岸田派)。一方、案里は40代女性で広島西部が地盤。溝手氏の票が案里に移るのは考えられない(【第47回】)。

(3)現金を渡したのは、「陣中見舞い」「当選祝い」の名目で、党勢拡大・地盤培養、自分自身の広島県自民党内での支持拡大を狙う等の政治的目的である(【第48回】)。

(4)「陣中見舞い」には、立候補者が選挙に出る過程で発生する費用、選挙にまつわる政治献金、寄附という性格と、4年に1回しかない統一地方選挙での選挙戦を通じて政治献金を集めるという性格がある。「当選祝い」は、当選後ずっと行っていく政治活動全般に関する政治的な支援のための献金である(【第48回】)。

(5) 「氷代・餅代」は、党所属の地方議員に対して3区支部長から交付金として支出するお金のことである。3区支部からの交付金となり、党勢拡大の動機付けになる(【第48回】)。

(6)「陣中見舞い」や「当選祝い」の現金は私的なポケットマネーでお渡しする。収支報告書にすぐ記入するのではなく、翌年の3月末までに政治資金収支報告書を作成して県の選挙管理委員会(選管)か総務省に出すが、その前に確認をして、政治資金として処理して領収書を受領するかどうかを決める(【第48回】)。

(7)県議の中には、私からお金が渡っていることが知られると、県連の関係者から弾圧されると想像する人もいる。「領収書を下さい」と言うと相手方を政治的に追い込む可能性があるので、領収書を求めないこともあった。そういう場合は、ポケットマネーから支払ったという処理をするほかなかった(【第48回】)。

(8)領収書を受領して、政治資金規正法に則って処理する方法と、相手方への配慮で、表に出さない方法の二つがあり、結果的には河井案里が当選したが、渡した時点では広島の政界の構図が変わるのか、まだ分からなかったので、選挙の結果が出てから法にのっとって適切に処理するか、表に出さない配慮をするかを決めようと考えていた(【第48回】)。

(9)私の場合、政治資金の財布が、「自民党第3選挙区支部」、「自民党新広島支部」、「河井克行後援会三矢会連合会」、「河井克行個人の私的な財布」と、少なくとも四つはあった。寄附については、金額などを調整して先方とも協議し、最終的に報告書に記入し、選管に提出することにしていた(【第48回】)。

(10)選挙運動というのは、特定の選挙で票を得る目的での、選挙はがきの郵送、電話作戦、政党名・候補者を挙げての投票依頼、街頭演説、個人演説会、総決起集会を開いて投票のお願い、党員・党友・友人・知人への投票の呼び掛け、公営掲示板でのポスター張り等である(【第48回】)。

(11)(現金を渡す時に)「案里を応援して」と言ったのは、心の中で、「案里の政治活動をよろしく応援してください」という意味合いだったが、政治活動の延長線上に選挙があるので、政治活動だけ応援してくださいと、内面で切り離すことができない。「案里の選挙を応援してください、当選させてください」いう気持ちもあったことは否定できない。相手との間で、票を得ることについて、相談したり、聞いたりしたことはなかった(【第48回】)。

(12)私自身が広島の政界で孤独感・疎外感を味わっていたので、関係がよくなかった人にお金を差し上げることで少しでも関係が改善すればと思い、妻の選挙を名目に、自分の政治基盤を固めるために妻をだしにしてお金を差し上げてしまった(【第48回】)。

(13)第7選挙区支部の河井案里支部長を通じての党勢拡大・地盤培養行為に協力してポスター張り、後援会入会申込書の配布・回収、集会を開いて後援会の会員・支持者への出席依頼、街頭演説への協力、自民党の号外配布などの実動部隊として動いてもらいたいという趣旨で県議・市議に現金を渡した(【第50回】)。

(14)一般的に、県連が、交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議・市議に振り込むが、県連からの交付金は溝手先生の党勢拡大にのみ使われ、県連が果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず、その役割を第3支部(克行支部長)、第7支部(案里支部長)で果たさないといけないと思い、県議・市議に、県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた(【第51回】)。

(15)地方議員・後援会員に供与した現金は、全て私自身の手元にあった資金から支出した。議員歳費などから貯めていた。党本部からの1億5000万円は自民党の機関紙「自民党号外」を3回発行し、県内の全世帯に配布し、その印刷費・ポスティング・郵送費等の実費、経費、自民党広島県参院選挙区第7支部の事務所開設費用、賃料、人件費、党勢拡大のための看板の制作費や交通費、通信費、光熱水道費に全て完全に使い切った。買収資金を政党交付金から出す発想は全くない(【第52回】)。

(16)2019年参院選の際の最大の争点は憲法改正が成就できるのか。安倍内閣でギリギリの段階だった。憲法改正の国民投票にかける決議には両院の3分2が必要だが、安倍政権の下では問題は参議院だった。賛成の政治勢力を3分の2確保するためには、情勢調査では、あと1、2議席足りない。1、2議席を取れるかどうか憲法改正のぎりぎりのせめぎ合いだった。普段の参院選の1議席の重みと、あの参院選の1議席の重みは政治的には全く違っていた。溝手氏と案里が勝つことでなんとか3分の2、1票差でもいいから、国会発議が出来る多数を獲得することが目的だった(【第52回】)。

検察官質問に対する克行氏の供述

第53回、第54回公判では、検察官からの質問が行われた。

弁護人質問で克行氏は、

「案里の自民党の二人目の候補としての公認は、2議席確保が目的であり、溝手氏側から票を奪う気も全くなかった。2人当選の目的が果たせなかったので、案里が当選しても『万歳三唱』すらやらなかった」

などと供述していた。また、「2議席確保」は、憲法改正の発議のために参議院で3分の2を確保することが目的だったことを強調した。

検察官は、克行氏が、ブログでの発信を請け負う業者に宛てたメールの文面について質問した。

「期待していた通り、溝手顕正が失言してくれました。どうすれば拡散できるのか、アングラな方法がいいのではないか、あるいは、懇意な記者に伝えましょうか」

という文面で、溝手氏に関する悪い噂をネットで流すことを依頼する内容だった。業者側が情報源がバレないか心配しても、

「よろしくお願いします、どしどしやって下さい」

と、溝手氏の悪い噂の拡散を重ねて依頼するメールを送っていた。

克行氏のPCに残されていた「県議、市議らの名前と金額」のメモの意味について、検察官に「実際に支払った金額を記憶に基づいて記したのではないか」と質問されて、「お金を差し上げるとすれば、どういう方々にいくら渡すのか頭の体操のために書いたもの」と供述し、実際に渡した事実を記載したことを否定した。

それに対して、検察官から、最終更新日が、選挙後、現金を配布した後であることを指摘され、合理的な説明はできなかった。

そして、検察官から、「データ消去の理由」について質問され、

10月下旬に案里の参院選の車上運動員の報酬について週刊誌報道がなされた。事務所スタッフの意見を総合すると、支部の職員が内部流出させたのは間違いないと聞いたので、後援会の個人情報や機密情報がさらに流出するのではないかと恐れて、復元出来ない形で消去することにした。」

と答えた。しかし、支部の事務所で作成したデータを消去しただけではなく、議員会館・議員宿舎のPCのデータなど、克行氏しか触っていないデータまで消去していたことについて質問され、合理的な説明はできなかった。

買収原資についても、検察官の質問には、

「私の手持ちの資金で賄った」

「衆議院の歳費などを安佐南区の自宅の金庫に入れ保管していた金で賄った。」

と供述したが、検察官から、日頃から議員活動のために「借り入れ」をしていることとの関係や、平成31年3月に金庫にあった現金の額について質問され、「覚えていない」としか答えられなかった。さらに、検察官から「自宅を検察が捜査した時点では大金はなかった。」と指摘されても「わからない」と述べるだけだった。

克行氏初公判での罪状認否・冒頭陳述と公判供述の比較と公判供述の信用性

克行氏は、被告人質問の冒頭で、罪状認否を、県議・市議等への買収などほとんどの起訴事実について、「争わない」と変更したが、それに引き続いて行われた被告人質問での克行氏の公判供述と、初公判での罪状認否・弁護人冒頭陳述の内容とを比較すると、公判供述で付け加えられた点はあるものの、罪状認否・冒頭陳述の内容は被告人質問でもほとんど変更されていない。

克行氏は、被告人質問の冒頭で「案里氏を当選させる目的」を認めたが、初公判では、罪状認否でも、冒頭陳述でも、「当選を得させる目的」について明確に述べてはいなかった。

3月初めに出馬表明した後の河井夫妻の状況からして、「党勢拡大・地盤培養」など政治活動に関するものであっても、「当選を得たいという気持ち」が全くなかったなどということは常識的にあり得ない。被告人質問では、「政治活動の延長線上に選挙があるので、政治活動だけ応援してくださいと、内面で切り離すことができない」(上記(10))と述べているが、それは、あまりに当然のことを認めたに過ぎない。

問題は、県議・市議らに現金を渡した「趣旨」である。

この点について、冒頭陳述では、

「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として,首長,県議らと面会を重ね,政治信条を同じくしていたり、将来有望であり,広島の将来を担うと目される地元政治家らに対して,寄附をしたものであって、特に、統一地方選挙に立候補した政治家に対しては、陣中見舞いや当選祝いの趣旨も含め、現金を供与した。」

と主張していた。

7日間にわたる被告人質問で行った供述も、ほぼ同趣旨であり、初公判での主張を具体的かつ詳細に展開したに過ぎない。

要するに、克行氏は、罪状認否を変更し、結論として、公選法違反の買収の事実を認めたが、主張の内容については、初公判の時点と全く変わらないのである。

一方、初公判の冒頭陳述の記述には含まれておらず、被告人質問で初めて述べた点もある。

その一つが、

自民党の案里氏公認は、参議院で憲法改正の発議に必要な3分の2を改憲勢力が獲得するために、広島選挙区での「2議席獲得」が目標で、案里氏ともう一人の候補の溝手氏は得票する有権者の層も違うので、克行氏としては、溝手氏から票を奪う気も落選させる気も全くなかった。

との供述だ。

しかし、「溝手氏の票を奪う気はなかった」とする克行氏の供述は全く信用できないことは、事務所関係者が、(克行氏が)「建前は自民党2議席だが、溝手さんの票を取れるだけ取ってと相談をしていた」(【第38回公判】)、「代議士は『溝手を通さんでもいい。案里が通ればいい』と大声できつく言っていた」(【第40回公判】)などと証言していることからも明らかであり、検察官の質問で示された克行氏のメールの「期待していた通り、溝手顕正が失言」との記載からは、溝手氏から票を奪い、案里氏を当選させて、溝手氏を落選させようとしていたことが強く疑われる。

この点に関連して、憲法改正発議のために、2人目の公認候補として案里氏を擁立したと強調しているのも、「溝手氏を落選させる意図」を否定するための「作り話」であろう。

同様の参議院の2人区のうち、前回選挙まで自民党と野党が1議席を分け合い、自民党が野党候補にダブルスコア以上で圧勝し、共倒れの恐れもないという点で共通しているのが広島と茨城である。2019年参院選の茨城では、立憲民主党と国民民主党との間で候補者調整が難航し、候補者の確定が大幅に遅れた上、国民民主党は推薦を見送るなどし、選挙結果も、自民党候補が5対2の得票での圧勝だった。2人目候補を擁立した場合の2人の当選確率は高かったと思われる茨城では、その動きが現実化することはなかったが、その一方で、なぜ、広島では、県連の強硬な反対を押し切ってまで2人目の公認候補を擁立しようとしたのか。憲法改正の発議のためとは到底思えない(そもそも、衆議院が小選挙区制となった直後の1998年参院選を最後に、自民党の参院地方区の2議席独占は全くない)。

もう一つは、

地方議員・後援会員に供与した現金は、全て議員歳費などから貯めていた私自身の手元資金から支出した。党本部からの1億5000万円は自民党の機関紙「自民党号外」の印刷費、ポスティング、郵送費等の実費、経費、参院選挙区第7支部の事務所開設費用、賃料、人件費等に完全に使い切った。買収資金を政党交付金から出す発想は全くない。

との供述だ。

これについては、検察官の反対質問で、議員活動のために日常的に借入をしていること、自宅の捜索を受けた時点の現金残高などを指摘され、「買収原資は歳費を貯めていた手持ちの現金」との説明自体が疑わしいことが明らかになった。

しかも、上記(13)(14)のとおり、弁護人質問で、

「一般的に県連が交付金として党勢拡大のためのお金を所属の県議・市議に振り込むが、県連からの交付金は溝手氏の党勢拡大にのみ使われ、案里氏に関しては県連が果たすべき役割を果たしていないので、県議・市議に、県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた。」

と述べて、県連に代わって交付金を現金で、県議・市議に渡したことを認めている。克行氏が、「買収資金を政党交付金から出す発想は全くない。」と述べているのは、県議・市議に現金を渡す時点では「買収」と認識していなかったからであり、現時点では、それが買収であることを「争わない」のである。1億5000万円の党本部からの資金提供が、交付金が買収資金の原資となったことを実質的に認めているに等しい。

「被告人質問で敢えて行った信用性の希薄な供述」の政治的背景

上記の2点は、自民党本部との関係や安倍前首相などの利害に密接に関連する。特に、「2人目公認候補としての案里氏擁立の目的と憲法改正の関係」については、克行氏の供述どおりであれば、この点について、安倍氏の溝手氏への積年の恨み、菅義偉氏と岸田文雄との総裁選をめぐる確執などの「個人的な動機」が2人目の公認候補擁立の真の動機ではないかとの見方(「安倍政権継承」新総裁にとって“重大リスク”となる河井前法相公判【前編】)は、すべて否定されることになる。

克行氏は、冒頭陳述では触れていなかったこれらの事項について、自民党本部側や安倍前首相らの利益に沿う内容の供述を、議員辞職の意向を明らかにした後の被告人質問で行ったが、信用性に重大な疑問があることは上記のとおりだ。

克行氏が、敢えて、このような「信用性の希薄な供述」を行ったことには何らかの政治的背景があると合理的に推測することが可能だ。3月初め保釈された後に、自民党本部側から克行氏に何らかの接触があり、議員辞職の時期を、再選挙が4月25日に実施されない「3月15日以降」とすることに加え、上記事項の供述内容についても何らかの「自民党側からの要請」があった可能性もある。

「党勢拡大・地盤培養のための政治資金」との供述をどう扱うのか

一方、県議・市議らへの現金供与についての「自民党の党勢拡大,案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、首長、県議ら地元政治家らに対して、寄附をした」との主張は、初公判から被告人質問まで一貫している。

従来から、検察が、選挙期間から離れた時期の政治家間の金銭のやり取りを買収罪の刑事立件の対象としなかったのは、このような弁解が予想されることが実質的な理由だった。

克行氏は、一貫してこのような主張を維持する一方で、罪状認否を変更して「買収の事実を争わない」とした。判決では、この点についてどのような事実認定が行われるのだろうか。本件の事実認定として、「政治資金の寄附」だとする克行氏の主張を否定することが可能だろうか。

まず問題となり得るのは、交付した相手方から領収書を受領し、政治資金収支報告書に記載すべきなのに、それを行っていないことである。被買収者の中には、領収書の受領を拒否されたと証言している者もいる。

しかし、克行氏は、「政治資金の寄附」の処理の方法には、領収書を受領して、政治資金規正法に則って処理する方法と、相手方への配慮で、表に出さない方法の二つがあり、選挙の結果が出た後に処理の方法を決めようと考えていたと供述している(上記(8))。

政治資金規正法上は、「会計帳簿の作成・備付け」と「7日以内の明細書の作成・提出」が義務付けられ、政治資金の収支を、発生の都度、逐次処理することを求めているが、実際には、領収書の発行・会計帳簿の記載の確定・明細書作成は、収支報告書の作成の時期にまとめて行われるのが実情であり、現金授受の時点で領収書の交付がないことは「政治資金の寄附」を否定する決定的な根拠とはならない。(拙稿【政治資金規正法、「ザル法」の真ん中に“大穴”が空いたままで良いのか】では、その是正のための制度改正を提案している)。

河井夫妻の公選法違反事件で同氏らの事務所への捜索が行われたのは2020年1月であり、2019年分の政治資金収支報告書の提出期限の前なので、収支報告書の記載が確定していない時期だ。収支報告書の記載の有無で「政治資金」かどうかを判断することはできない。

また、克行氏の供述によれば、政治資金の財布は4つあり、寄附については、金額などを調整して先方とも協議し、最終的に報告書に記入していたとのことであり(上記(9))、現金の授受の時点で領収書の授受を行わないのは、通常のやり方と変わらないことになる。領収書を受領していないことも、「政治資金」であることを否定する理由にはならない。

「PCデータ消去」についても、上記のとおり、「情報流出を防止するため」との克行氏の公判供述は信用し難い。しかし、県議・市議への現金供与を「政治資金の寄附」と認識していたとしても、その時点では表に出ていない政治家間の現金授受で、政治資金収支報告書の記載も確定していなかったのであるから、それに関するデータを検察に押収されることを避けたいと思うのは不自然ではない。「データ消去」も、「政治資金の寄附」と認識していたことを否定する根拠にはならない。

克行氏から現金を受領した県議・市議の多くの証言も、「参議院選で案里をよろしく」という趣旨だと認識した旨証言しているが、それは、「克行氏に案里氏を当選させる目的があると認識していた」ということであり、克行氏の「政治活動の寄附」の主張を直接否定するものではない。

結局のところ、県議・市議への現金供与についての「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動の一環として、首長、県議ら地元政治家らに対して、寄附をした」という点について、克行氏の供述の信用性を否定する証拠はない。判決の事実認定も、この点を前提とするものとなる可能性が高いと考えられる。

「政治活動の寄附」であることと公選法違反(買収罪)の成否

では、県議・市議への現金供与が、克行氏の主張どおり「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動」に関するものだったと認められた場合、それは、公選法違反の買収罪の成否にどう影響するのか。

公職選挙法違反の買収罪の成立要件は、(a)「当選を(得る又は)得させる目的で」(b)選挙人又は選挙運動者に(c)金銭、物品その他の財産上の利益を「供与すること」である。

克行氏は、「案里氏に当選を得させる目的があった」ことは認めている。

「供与」というのは、一言で言えば「相手に得させること」である。公選法上の「供与」は、「使途を限定せず、自由に使えるものとして、相手に得させること」、つまり「差し上げること」を意味する。

克行氏は、県議・市議に、現金を「差し上げた」と繰り返し供述しており、「自由に使えるものとして得させた」ことに争いはない。

その「当選を得させる目的の」「供与」が、「選挙人」又は「選挙運動者」に対するものかどうかについては、少なくとも、県議・市議が、参議院広島選挙区で選挙権を有する「選挙人」であることは明らかである。また、「選挙運動者」について、判例では、「選挙運動とは特定の公職選挙につき、特定の候補者の当選を的として、投票を得は得させるために直接は間接に必要かつ有利な一切の為を指称するもので、同条の選挙運動者とは、かかる為をなす者、なした者、なすことを約諾した者及びなすことの依頼を受けた者等を含む」と広く解されており、「一面政治団体の活動である場合」にも「選挙運動」に該当し得ること認めている(仙台裁昭29・5・20)。

つまり、克行氏が現金を供与した県議・市議らが、「選挙人」又は「選挙運動者」であることを否定する余地はなく、要するに、「当選を得させる目的」で「金銭を供与」したのであれば、「党勢拡大」「地盤培養」等の政治活動の性格があろうがなかろうが、買収罪が成立することに変わりないのである。

これまでの検察の実務では、買収罪の起訴事実は、「投票又は票の取りまとめを依頼し、その報酬として」と記載されてきた。本件の克行氏の起訴状でもそのように記載されているが、克行氏はそのような依頼を行ったことは否定しており、県議・市議の側も、明示的に「票の取りまとめを依頼された」と証言している者はほとんどいない。

起訴事実の記載からは、「投票の依頼をしたか」「票の取りまとめを依頼」を行ったか否かが有罪無罪の判断に分かれ目のように思えるが、そのような記載方法自体が、検察当局が、従来、選挙に向けての資金のやり取りのうち、「政治活動」に関するものを買収罪による摘発の対象から除外する「抑制的運用」をしてきたことを前提にするものと言える。

克行氏が主張するように「党勢拡大・地盤培養活動」に関する「寄附」であっても、「買収罪」は成立するのであり、むしろ、ストレートに、「河井案里に当選を得させる目的で、選挙人であり、かつ選挙運動者である〇〇に金銭を供与した」と認定すればよいのではなかろうか。

予想される「克行氏有罪判決」と公職選挙への影響

「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動」に関する「寄附」であっても、特定の選挙で「当選を得させる目的」で「金銭を供与」すれば買収罪が成立するということになれば、公職選挙全般に与える影響は甚大だ。

案里氏の当選が無効になり再選挙になっている2019年の広島選挙区の参院選においても、もう一人の自民党候補の溝手氏側も、同様の「金銭の供与」を行っていたことが明らかになっている。

克行氏からの被買収者の一人である奥原信也県議が、2019年6月に溝手氏側から50万円の資金提供を受けたことを、克行氏の公判で証言し、奥原氏は、中国新聞の取材に、

「溝手氏側から一方的に私の関係支部の口座に振り込まれた。参院選に近い時期なので、選挙での応援を求める目的だったのだろう。呉市内の私の支援者の票を頼りにしていたのではないか。」

と述べている。(【決別 金権政治 第3部 選挙とカネ <1> 「まさか溝手さんまで…」 金頼み 姿勢大差なく】)

また、2019年参院選当時、自民党広島県連会長だった宮沢洋一氏が代表を務める「同党県参院選挙区第六支部」が、昨年11月に県議11人に交付したと政治資金収支報告書に記載している各20万円について、平本英司県議が、2020年12月24日の克行氏の公判で、自身が受け取ったのは「昨年5月ぐらい」と証言しており、政治資金規正法違反(収支報告書虚偽記入)の疑いが生じている。

克行氏も、県議・市議等に現金を供与したことについて、

「本来であれば、参院選の選挙資金は、自民党本部から広島県連に提供された選挙資金が、広島県内の市議・県議等の自民党政治家の支部組織に提供され、公認候補の溝手顕正氏と案里氏の両方の選挙に関連する政治活動に使われるはずなのに、19年の選挙では、県連は、溝手氏だけを支援し、案里氏の支援をすべて拒絶していたので、県連が果たすべき役割を果たしていないので、やむを得ず市議、県議に県連に代行して党勢拡大のためのお金を差し上げた」

と供述している(弁護人質問供述(14))。

つまり、党本部から提供される選挙資金を県連から県議・市議に提供するという本来のルートが使えなかったので、やむを得ず「現金」で、自分が直接手渡すという方法を使ったということであり、克行氏が県議・市議に対して行った現金供与は、金額の規模に差はあっても、広島県連の県議・市議への交付金の提供と、ほぼ同じ性格ということになる。

国政選挙の前に、現金で選挙のための活動資金を提供するのは、克行氏だけの話ではなく、広島の自民党においてかねてから行われてきたやり方である。克行氏が公判供述を前提に県議・市議への現金供与が買収罪で有罪とされるということは、そのような広島自民党のやり方自体が、公選法違反の買収と判断されることを意味する。

そして、そのような観点からは、そもそも、自民党本部が、広島県自民党の「第3支部」、「第7支部」に「交付金」として克行氏に提供した合計1億5000万円も、「案里氏を当選させるための党勢拡大・地盤培養のために、使途を限定せず、自由に使えるお金」として克行氏に」「供与したものなのであれば、克行氏が、案里氏の参院選の「選挙運動者」であることを否定する余地はない以上、1億5000万円それ自体が、公選法違反の「買収罪」に該当する可能性も否定できないということになる。

選挙に関して、金銭を「供与」することが最大の問題

「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動」に関する「寄附」であっても、特定の選挙で「当選を得させる目的」で「金銭を供与」すれば買収罪が成立するということになると、党本部が、国政選挙に際して、都道府県連を通して政治家の支部に交付する選挙資金も、使途を限定しない「供与」であれば「買収罪」に該当する可能性があることになる。そのように公職選挙に関して金銭を「供与」することが、本来、許されてよいのであろうか。

公職選挙によって有権者の代表を選ぶことは、民主主義の基盤である。それは、投票日、又は期日前に、投票所に足を運び、投票をすること、支持する候補者の応援・支援、他の選挙人への働きかけなどが、すべて、無償で自発的に行われること、そのために、国民が一定の負担をすることで成り立つものである。

そのような選挙に関して、「選挙人」又は「選挙運動者」が利益を得ようとする行為そのものが、公職選挙の目的に著しく反するものである。選挙に関して、様々な費用がかかることは否定できないが、その費用は、すべて具体的に特定して、選挙運動費用収支報告書に記載して提出させ、公開する、というのが公選法のルールである(192条第4項)。その趣旨からすれば、特定の候補者を当選させるために資金を提供するのであれば、その使途を具体的に明確に特定した上で提供し、事後的にも使途の報告を求められるようにしなければならない。特定の選挙に関して、「使途を限定せず、自由に使えるお金として差し上げること」自体が、公選法の趣旨・目的に著しく反するものであり、公選法は、そのような行為を「買収罪」として重く処罰することにしているのである。

「当選を得させる目的で使途を限定せずに金銭を供与する行為」が、従来の検察の「抑制的運用」のために、「政治資金の寄附」を隠れ蓑に、買収罪の適用を免れてきたことで、克行氏自身が述べているように(克行供述(4))、「選挙の際に、それを名目にして政治資金を集める」というような行為の横行につながってきた。それが、まさに、選挙に関連して「供与」される金銭に群がる「政治家」が、国政や地方政治を動かすという日本の「金権政治」の大きな要因となってきたといえる。

前法務大臣の河井克行氏が、多額の現金買収の罪で検察に逮捕・起訴されるというのは「憲政史上の汚点」となった。しかし、一方で、克行氏が、その裁判で、現金提供の大部分が、「自民党の党勢拡大、案里及び被告人の地盤培養活動」であることを詳細に述べ、一方で、それが、「妻の案里氏を参議院選挙で当選させること」を目的とするものであったとして買収罪に該当することが認められることで、今後、「特定の選挙で特定の候補の当選を得させる目的」で行われる「金銭の授受」は、公選法違反の買収罪に該当することになる。それは、日本の公職選挙の在り方を抜本的に変える大きなインパクトを生じさせるものである。

そのような観点から、今後の、克行氏の公判での検察官の論告、弁護人の弁論、そして、それを受けて言い渡される判決に注目したい。