JR東日本のダイナミックプライシングは奏功するか

民営化後初の赤字となったJR東日本。

JR東、民営化後初の最終赤字5779億円 21年3月期(日本経済新聞)

黒字化は容易ではありません。

4月末に発表された構造改革案(※1)では、「車両の取替周期長期化」「保有車両数の削減」「輸送力の見直し」等の言葉が目立ちました。これらは、

「電車の本数を減らす」

プランです。実現には、ラッシュ(=ピーク)時の乗客数を減らし、車両数が少なくても対応できるようにする必要があります。

その手段として有効なのが、ダイナミックプライシングです。

需要が多いときは価格を高く。少ないときは安く。需要が少ない時間帯の利用を促し、ラッシュの緩和が期待できます。

JR東日本が、「早期実現を目指す」としているダイナミックプライシング(※2)。導入は成功するのか。考察したいと思います。

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費用面は効果あり

収益面の効果が注目されがちなダイナミックプライシング。しかし、今回の導入は、費用面、特に減価償却費(=車両投資)の削減効果を狙ってのことです。

ピーク乗客数の減少に合わせ、車両投資を減らす。これは、短期的にはキャッシュフローの改善、中長期的には、「減価償却費」の減少につながります。JR東日本の、2021年3月期の減価償却費は3,212億円。営業費用の19%を占めます。

費用面での導入効果は期待できそうです。

収益面は期待できない

では、収益(売上)面ではどうでしょうか。

JR東日本の旅客運輸売上の内訳は、定期券売上が約3割、定期「外」売上が約7割です。

今後、定期券売上の割合は、さらに減少すると思われます。コロナで通勤が減り、定期券支給から実費支給へ切り替える企業が増えているためです。

「駅すぱあと」を提供する株式会社ヴァル研究所の調査では、通勤手当として「実費支給を検討」している企業は88.6%。既に実施している企業と合わせると96%に上ります(※3)。

定期券は「サブスクリプション」です。安定的かつ継続的に売上を獲得できるメリットがあります。この安定収入がさらに減ってしまう。JR東日本にとって痛手です。

では、定期「外」売上は増加するのでしょうか。

ダイナミックプライシング導入後、定期外運賃は、全体として「値上げ」になります。需要の多い時間帯を、高価格にするからです。よって、「客単価」は増加するかもしれません。しかし、これまで固定費だった通勤費が、変動費化される。なるべく利用は控えよう、という動機が働く。結果、「利用頻度」は減少するでしょう。

安定収入が減る。利用頻度も減る。収益面での導入効果は、あまり期待できそうにありません。

利用客の少ない日曜午後の山手線(5月9日 筆者撮影)

経営の自由度が低い

さらに、ダイナミックプライシング自体の運用が難航する可能性があります。

JR東日本は「公共交通機関」です。

そのため、経営の自由度が極めて低い。具体的には、「供給量決定」と「価格決定」の裁量が低い。これは大きな弱点となります。

供給面の裁量の低さは深刻です。

連休明けの5月6日。JR東日本は、国や都の要請を受け2割の「間引き運転」を実施。一部路線では乗車率180%を超えるなど、大きな混雑が発生。同日午後、方針を転換し、翌7日の「間引き運転」を取りやめる事態となりました(※4)。

このことからわかるのは

「JR東日本は、自社で『供給量』を決められない」

ということです。ダイナミックプライシングを導入し、利益を最大化する供給量・価格を算出しても、政府の「供給量調整」要請には従わざるを得ない。結果、利益が大きく変動することになります。

価格面の裁量の低さも、問題です。

JR東日本の価格(運賃)設定は、一定の制約があります。鉄道事業法による

・運賃の変更には「国土交通大臣の認可」が必要であり、
・認められる運賃は「能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えた価格」

といったものです。

運賃変更には、事前準備が必要となる。つまり

「JR東日本は、『価格決定』に時間がかかる」

と言えます。今回、ダイナミックプライシングが認可されても、価格変動幅の拡大などが、柔軟に行えない可能性があります。

「供給量決定」と「価格決定」の裁量が低い。この状態で導入しても、享受できるメリットは、あまり多くはない、と思われます。

弱点を補えるか

JR東日本は、2021年3月に、時差通勤でポイントを還元する「オフピークポイントサービス」を開始しています。これは、ポイント還元を活用した、ダイナミックプライシングの実証実験と言って良いでしょう。

導入成功のためには、この実験結果を踏まえ「価格変動幅」「供給量」など制度設計を緻密に行い、「経営自由度が低い」という弱点を補う必要があります。

【参考】
※1 2021年3月期決算説明会 構造改革案
決算説明会(2021年3月期 決算説明会)

※2
JR東、時間帯別運賃を検討(日本経済新聞 2020年7月8日)

※3 実費支給検討企業数
株式会社ヴァル研究所

※4
JR東、きょうの減便中止 列車・駅「密」、乗車率180%の路線も:朝日新聞デジタル