Kバレエカンパニーの最新パフォーマンス
5月19日から5月23日にわたって計7回・4組の主役キャストによって上演されたKバレエカンパニー『ドン・キホーテ』(会場オーチャードホール)は、カンパニーのさらなる円熟の境地を感じさせる驚異的な公演だった。
英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル・ダンサーとして世界的な注目を浴びていた熊川哲也が、自らのカンパニーを創立したのは1999年。スタートから飽くなき挑戦を続けてきた熊川とバレエ団は、レパートリーの拡大によって芸術的な成長を遂げ、看板ダンサーである熊川が舞台に登場しなくなってからも、後進ダンサーたちによって揺るがぬクオリティが引き継がれてきた。
Kバレエのステージは美術・衣裳・照明もつねに豪華で、本物志向で、贅沢だ。世界で指折りの英国ロイヤル・バレエ団に10年在籍した熊川の、妥協を許さぬ美意識の賜物である。
コロナ禍により2020年春から秋まで活動を休止し、
筆者が取材したのは初日5月19日の昼公演、主役のキトリは今年入団した新プリンシパルの日髙世菜、バジルは若手の有望株 髙橋裕哉。ドン・キホーテといえば、快活な音楽に乗せて繰り広げられる男女のテクニカルな連続技が最大の見物だが、日髙は気品ある大人の表情でお転婆なキトリを踊り、高橋も難しいサポートをよくこなした。
日髙は日本のバレリーナにはあまりいないタイプの、神秘的なカリスマ性のあるキャラクターで、かつての大スター、ナタリア・マカロワを思わせる瞬間がある。ハイライトのひとつである終盤のグラン・フェッテでは、ダブル、トリプルも取り混ぜた目もくらむような連続回転を披露した。踊りが高度になればなるほど大胆で、気品と華やかさが爆発する。
昨シーズンは、
2019年からバレエ・マスターに就任した伊坂文月はキトリの父ロレンツォをコミカルな表情で演じた。題名役のドン・キホーテは年老いた騎士の役だが、これを踊ったニコライ・ヴィユウジャーニンも枯れたいい味を出しており、細かい役作りが粋だった。全員の芝居が濃厚で「キャラ立ち」している。
Kバレエダンサーには専属のオーケストラと音楽監督の指揮者もいて、これが上演のクオリティを支える大切な柱となっていることは見逃せない。
シアター オーケストラ トーキョーを率いる井田勝大氏は、バレエ音楽の指揮においては屈指の実力者で、Kバレエのほぼすべての作品をピットで支えてきた。Kバレエの「ドン・キホーテ」はミンクスを始め、同時代の複数の作曲家のスコアがオリジナル編集で演奏されるが、オーケストラは言葉のないバレエに雄弁な言葉を与え、ダンサーに最高の呼吸を与えていた。バレエファンに脇役と誤解されがちなピットの指揮者とオケについては、今後もっと注目されるべきだと思う。
Kバレエは毎回「凄い」ので、わざわざ「凄い」と言われることも少なくなった。それでも、「やはり凄い」のだ。コールド・バレエ(群舞)の躍動感も格別で、自発的なエネルギーに溢れ、全員が踊る喜びを伝えてくる。「日本人のバレエは無表情」と言われていた時代が嘘のようだ。マイム(芝居)もダンスも海外バレエ団に全く引けを取らない。
2021年の『ドン・キホーテ』を見て、Kバレエカンパニーは世界的なバレエ団を軽く超えた…と確信した。少なくとも、肩を並べている。『ドン・キホーテ』に関しては、これほど楽しませてくれるヴァージョンはないだろう。何より熊川の物語への愛が、細部に至るまで細かく練り込まれていて、隙が全く無いのだ。改めて世界中に『Kバレエカンパニーは、本当に凄いことをやっている!』と叫びたくなる。
最終日、23日のマチネ公演では、ゲストの飯島望未と、ポスト熊川と注目を浴びる山本雅也が主役を踊り、ライヴ配信された。バレエがグローバルな芸術になっていく中で、このアジアのカンパニーが持続的に保ってきた水準の高さは、世界にとって大きな驚きとなるはずだ。