世界のローマ・カトリック教会では聖職者による未成年者への性的虐待問題が多発し、教会への信頼は大揺れ、多数の信者たちが教会から脱会している。カトリック教会の総本山、バチカン内でも予備神学校の寮内で未成年者への性的問題が発生し、バチカン司法裁判所は昨年10月14日、2人の聖職者の性犯罪容疑について公判を始めたばかりだ。
▲バチカンの敷地内にある「聖ピウス10世予備神学校」(2021年5月25日、バチカンニュースから)
ところでバチカンニュースは25日、「聖ピウス10世予備神学校」(Das Knabenseminar San Pio X)の寄宿舎を「バチカンの敷地外に移転する」と報じた。それもフランシスコ教皇自らのプッシュがあったという。なぜフランシスコ教皇は裁判の進展を待たず、焦るように予備神学校の移転を決めたのだろうか。
バチカンニュースによると、「聖ピウス10世予備神学校」をバチカンの敷地から離れた場所に移転する理由として、「学生たちが授業の場所に近く、自由時間を有効に利用できるために」という。同セミナーの移転話は久しくあったという。
フランシスコ教皇は同神学校がこれまで若い男子の教育に貢献したことに感謝する一方、予備神学校の学生たちがサン・ピエトロ大聖堂の奉仕人の役割を今後も果たしていってほしいと述べている。
「聖ピウス10世予備神学校」は1956年にバチカン内で11歳から14歳の男子を対象に創設され、サン・ピエトロ大聖堂の奉仕人の任務を担い、将来神父の道に行く若者たちが集まっている。同神学校は、バチカン内で未成年者の男子が寄宿舎で学ぶ唯一の教育機関の施設だ。
バチカンニュースは報じなかったが、同施設の移転がここにきて急遽決定した背景には、同施設で未成年者への性的虐待問題が浮上したからだ。ガブリエーレ・マルティネッリ被告は神父になる前、「聖ピウス10世予備神学校」のバチカン寮で下級生に性的行為を働いたという疑いがもたれている。また、2002年から14年まで同施設の校長だったエンリコ・ラディチェ被告は性的虐待問題の調査を妨害した疑いが出てきている。犠牲者への聴取は今年3月に行われた。なお、バチカン側は13年に「聖ピウス10世予備神学校」で性的犯罪があったという情報を受け取っていたが、証明するものは当時、見つからなかったという。
事件自体は古いが、多くの証人がここにきて聴取され、質問を受けている。マルティネッリ被告(28)は2017年、神父としてコモ教区に勤務している。彼は容疑をこれまで否定している。事件調査のためコモ教区のオスカー・カントニ司教は裁判に呼ばれ、質問を受けている。同司教は2016年10月以来、同教区の司教だ。前任者ディゴ・コレティ氏は容疑が起きた時の教区司教だった。同司教は認知障害のため難しいという医者の診断書を提出し、裁判を欠席している。
カントニ司教はマルティネッリ神父が2006年9月から12年6月の間、性的な行いをしていたと裁判で追認している。ただし、被告は犯行当時、まだ聖職者ではなかった。神父になる前の心理的審査ではいかなる問題もなかったという。
事件は教会内や教会関連施設ではなく、バチカン内にある未成年者を対象とした神学校寄宿舎内で起きたことを重視し、フランシスコ教皇は裁判の進展を待つことなく、予備神学校の寮を「バチカンの敷地外」に移転するように強く要請したのではないか。
独南部レーゲンスブルクの「レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊」(Domspatzen)内で起きた性的暴行・虐待事件を思い出す。世界最古の少年合唱団として有名な同聖歌隊内で1945年以来、547人の少年聖歌隊員が暴力、性的虐待の犠牲となった。具体的には、500人は暴力、67人は性的虐待の犠牲者だった。49人の容疑者が起訴された。
公表された報告書によると、犠牲者の1人は「合唱隊は刑務所であり、地獄のような場所だった」と証言した。性犯罪が多発した時期は1960年代から70年代。1992年まで暴行事件が起きている(「独教会の『少年聖歌隊』内の性的虐待」2016年10月16日参考)。
性犯罪件数、容疑者、犠牲者の数はレーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊のケースが圧倒的に多いが、「聖ピウス10世予備神学校」内での性的問題はローマ教皇が居住するバチカンの敷地内で起きた事件だ。寮の移転は、バチカン内の未成年者を性犯罪から守るというより、バチカン内の聖職者を性犯罪の誘惑から守る狙いがあるのではないか、という勘ぐった意見すら聞かれる。
バチカン内と言っても聖職者の性犯罪という点で世界の教会と大きくは変わらない。フランシスコ教皇は2013年6月6日、南米・カリブ海諸国修道院団体(CLAR)関係者との会談の中で、「バチカンには聖なる者もいるが、腐敗した人間もいる。同性愛ロビイストたちだ」と述べている(「バチカンに同性愛ロビイスト存在」2013年6月14日参考)。
バチカン法王庁の中核、“カトリック教理の番人”と呼ばれる教理省(前身・異端裁判所)に従事していたポーランド出身のハラムサ元神父は2015年10月3日、自分は同性愛者だと告白し、「最初の石」(独語訳)というタイトルの本を出版。同神父は「ペドフィリア(小児性愛)や未成年者への虐待事件は教会のメンタリティから組織的に発生してくる現象だ。そして教会側はそれを部外に漏らさないように隠してきた。一種のマフィアのオメルタの掟(沈黙の掟)が支配している」と説明している(「同性愛者の元バチカン高官の『暴露』」2017年5月11日参考)。
フランシスコ教皇が予備神学校をバチカンの敷地外に移転するように要請したというニュースは、教皇自身が「バチカンは未成年者にとって安全な場所ではない」と考えているからではないか。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。