顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
イスラエルとパレスチナのイスラム武装組織ハマスとの激しい戦闘は5月21日にひとまず停戦となった。この戦闘で最も劇的な効果を発揮したのはイスラエル側のミサイル防衛網「アイロンドーム(鉄のドーム)」だった。
このミサイル防衛網は5月10日からの連日、文字通り雨とあられのように続いたハマス側のロケットやミサイルの攻撃約4,000発のうちなんと90%を空中で撃破して、自国民の多くの生命を救ったのだ。
北朝鮮や中国の多数のミサイルやロケットの脅威に直面する日本にとっても、このミサイル防衛の大成功は貴重な実例となるだろう。
ハマスは5月20日からその拠点のガザ地区からイスラエル領内に向けてロケットやミサイルの発射による攻撃を始めた。ハマスが発射したのは大多数がロケットだったが、無人機もイスラエル攻撃の一貫として発進されていた。
ロケットとミサイルとではロケットが燃料を内部で燃焼させて飛行するが誘導装置はないのに対して、ミサイルは誘導装置がついているぐらいで、その差はあまりない。
今回の衝突ではハマスが最初に攻撃をかけ、パレスチナ側のガザ地区から北側に隣接するイスラエルのアシュケルトン市などに合計約4,000発のロケット類が発射された。イスラエル側もロケットや爆撃機などで反撃した。
イスラエル軍当局の発表によると、この10日にわたる軍事衝突でパレスチナ側に232人、イスラエル側に12人の死者が出た。
さらに同発表によると、この戦闘ではイスラエル側はミサイル防衛網の「アイロンドーム」による迎撃でハマス側のロケットの約90%、合計3,600発ほどと、軍事用無人機5機を撃破したという。
イスラエル側ではこのアイロンドームの画期的な防衛能力の発揮によって、イスラエル側だけでなく、パレスチナ側の人命の多くが救われたと述べている。イスラエル側の死者が増えれば、イスラエル軍のハマス攻撃もそれだけ拡大するから、イスラエル側の死者の減少はハマス攻撃の縮小につながる、という理屈だった。
いずれにしても近年の軍事衝突で10日間にロケット類が4,000発も発射され、しかもその9割が空中で撃破されたという実例はきわめて珍しい。アメリカ側でも米軍当局や軍事専門家がこのイスラエルのミサイル防衛能力の高さに驚嘆したという報道が多数、流れている。
アイロンドームはイスラエル軍が米軍の協力を得て、2011年から実戦配備を始めた短距離ミサイル迎撃用のミサイル防衛網とされる。アイロンドームは短距離の飛翔体に対する防衛が主体だが、イスラエル軍は主敵とみなすイランの各種の中距離、長距離のミサイルへの防衛網も構築を進めてきた。
アイロンドームは防衛地区から約70キロの範囲の上空での迎撃を主任務にするという。イスラエル側の情報によると、イスラエル軍はいま全国で合計少なくとも10部隊のアイロンドームを配備している。1部隊はミサイル発射機が4機ほど、各1機がそれぞれタミールと呼ばれる迎撃ミサイル20基を保有するという。各部隊が独自のレーダー装置を持ち、空中を飛んでくる敵のロケットやミサイルを捕捉して、迎撃するわけだ。その迎撃能力が非常に高いことが今回の軍事衝突で証明されたわけである。
これまでの軍事衝突では敵のミサイルやロケットの攻撃が自陣営を破壊することはまず不可避とされ、その被害を防ぐために予防攻撃や先制攻撃の必要性が強調されてきたが、今回のイスラエルの実例のように、敵からのミサイル攻撃を空中で無効にする能力が保持されると、ミサイルの威力自体が再考され、それにともないミサイル使用の戦闘の意味も変わってくる。
この種のミサイル防衛の効用は北朝鮮や中国の短距離、中距離のミサイル、ロケットの射程範囲にある日本にとっても貴重な教訓になるといえよう。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年5月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。