日本が現金とFAXの使用をやめられない本当の理由

黒坂 岳央

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

「米国や中国に比べて、日本のIT化が深刻な遅れを取っている」と評される。確かに我が国にはGAFAのような巨大ITテックプラットフォーマー企業はないし、店頭では未だに現金支払いが続き、FAXも現役である。

Sadeugra/iStock

この本質的理由を「IT技術が足りない。エンジニアを育成する土壌がない。優秀な技術者へ支払う給与も足りない」という人がいる。だが、本当にそうだろうか?個人的にはITの技術不足というより、日本の文化的側面がこの状況を作り出していると感じる。

「日本は技術が足りない」は本当か?

日本人はIT化が遅れているとされる。確かに巨大なGDPを創出し、国家を牽引する規模のITテック企業はない。だが、ビジネスの現場で必要なITサービスの技術不足は感じない。それに自国になくとも、DiscordやSlack、ZOOMなど米国初のITサービスはその気になれば誰でも使えるし、実際に活用している日本人もいる。足りないのは技術ではなく、それを使う現場の意識の問題だ。

たとえば運転免許証の更新についていえば、米国ではオンラインで更新が可能な州もある。その一方で、日本は長く現地の運転免許証センターに本人が赴いて更新する状況が続いてきた。米国の大学で教鞭をとるある高名な日本人教授は「失効しないよう、免許更新のためだけに帰国するのは大変な手間と労力だ」とため息をついていた。

だが、2021年にはこの状況が変わりつつある。全国に先駆けて北海道、千葉県、京都府、山口県の4道府県ではゴールド免許証ホルダーに限り、オンライン更新を促進するというのだ。2024年には全国の拡大を目指しているという。だが、ここに来てオンライン更新の対応ができるようになったのは、遅れていた技術が促進されたからではない。新型コロナの感染拡大が招いた「半ば強制的なオンライン化」に背中を押された格好だ。つまり、足りなかったのは技術ではなく外圧ということになる。ちなみに一説によると、運転免許証更新を現地でしかできなかった施策の理由は、逃走中の容疑者を逮捕できる機会につながるから続けてきたという意見もある(真偽の程は分からない)。

他にも、ZOOM会議が広がる前から、Skypeなどを使ってビデオ会議をしていた企業も今ほどではないが存在していた。筆者も10年以上前に米国に長期滞在していた期間があったが、家族とのコミュニケーションは国際電話の代わりにSkypeのビデオ通話を使っていた(当時から無料で使えた)。

ビジネスの現場におけるIT化の遅れは「技術が足りないから」より、「使って効率化しよう」という意識の問題の比重が大きい。

販売店は現金支払いをやめると売上が落ちる

日本は他国に比べて、現金の使用比率が高い状況が続いてきた。これには第二次世界大戦後の復興において、日本全国津々浦々までATMや金融機関が張り巡らされたことや、ニセ札の偽造が極めて困難である現金の質が高い事情に裏打ちされる。

そして日本は、未だに現金支払いをやめられない理由は、キャッシュレスサービスや機器の品質や導入の遅れが決定的理由ではない。もっとシンプルだ。つまり、「現金支払いをやめると、販売店の売上が落ちる」からである。特に地方ほどこの傾向が顕著と感じる。

総務省統計局の資料によると、東京や大阪などの大都市ほど平均年齢が若く、人口の少ない地方ほどその逆であることが分かる。そして高齢者は若者に比べて、QRコード決済や、非接触決済サービスを好んで使用する傾向はないだろう。お年寄りの中には、人生で一度もキャッシュレスサービスを使ったことがない人もいるはずだ。

筆者は地方に移住して「現金支払いのみ」の和菓子店や個人経営のケーキ屋、パン屋などの店舗は、あまりに多いと感じる。本当は財布なしで、スマホだけで買い物を完結させる生活が希望だが、それができない。販売店がキャッシュレスサービスを導入しない理由は、決済手数料が他国に比べて高額という他に、「現金支払いをやめると売上が落ちる」という事情が最も大きい。利用客に高齢者が多ければ、現金支払いに非効率さを感じることもないだろう。

自社の売上を落としてまで、熱心にIT化を推進したいビジネスオーナーなど存在するわけがないのだ。

FAX受付のみの相手は依然多い

地方でビジネスをしていると、「手続きの受付はFAXのみ」というところが少なくない。筆者の経営する会社の会計事務所とのやり取りは電話かFAXのみである。こちらは気が進まなくても、先方はFAXでしか受付ができないので使わざるを得ない。FAXの使用を拒否すれば、「確認してもらいたい部分があるので、事務所に来てください」と来所を余儀なくされ、余計にビジネス効率性を落とすからだ。

取引先企業の多くも、未だに発注はFAXのみというところもある。夏場に向けてフルーツとの詰め合わせ商品用の、ゼリーやジュースの仕入れをするにもFAXを使っている。発注履歴の保存と、データトラッキングに備えてFAXの発注用紙を保管する手間と空間が必要になり、できればビジネスチャットで発注したいと感じるが先方が受付をしておらず、FAXを使わざるを得ない。

FAXの稼働が続く理由は、クライアントの年齢が関係する。件の会計事務所も、取引先も先方の経営者は70歳を超えている。だが、決定的な因子はやはり技術とは他にある。効率化ビジネスツールの利用に、卓越したIT知識や技術力は必要ない。ZOOMは半日使えば誰でもすぐ慣れるし、ビジネスチャットもプライベートでLineを使える人なら高齢者でも活用可能だ。だがFAXユーザーは特段、困った経験がないために過去の延長線上で使い続けているだけなのである。

日本と中国のITの差

日本のIT化の遅れは技術的な話というより、文化的な側面の方が遥かに大きいと感じる。

これは中国人から聞いた話なのだが、いわく「中国は国策としての新たなIT技術の導入はかなり大胆。「明日からキャッシュレスを開始する。ついてこられない者は知らない」というボトムを意識しない姿勢だ」といっていた。この話が正しいとするなら、高齢者も切り捨てられてはまいと、必死で新サービスの勉強をするだろう。日本は良くも悪くも、それができない。一人でも使えない相手が混じると、その人に合わせた展開となるだろう。

日本が変わるためには、技術より先に文化的意識の改革が必要ではないだろうか。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。