我々は見られている:3つの情報を巡る事件

5月初めにアメリカのパイプライン会社がランサム攻撃を受けてアメリカ東部でガソリンが不足するなど混乱に陥れた事件がありました。このアメリカ最大級のパイプライン会社、コロニアル パイプライン社は身代金440万ドル(約4億8千万円)をロシア系の犯人にビットコインで支払ったとされます。これでパイプラインは普及し、人々の生活は1週間程度で平常に戻りました。

ただ、コロニアル社が身代金を支払ったことについてはペロシ下院議長は「主要インフラの安全を脅かせば、金が手に入ると思われることは望ましくない」と発言するなどコロニアル社の対応を批判していました。

ところが驚くことにFBIがその半分以上に当たる230万ドルを回収、現在もその作業を進めているとしています。どうやらコロニアル社はFBIと協力して作業を進めていたようでFBIの指導の下に身代金を暗号通貨で支払う一方、FBIが開示していないある方法でそれを取り返す手段を既に見つけ出していたとも言えます。どんな方法だったのか、これは絶対に明かされることはないと思いますが、ビットコインの秘密鍵の神話が崩れるのでしょうか?

FangXiaNuo/iStock

つい先だって、IBMのクリシュナCEOが量子コンピューターを3年以内に実現させると発言しています。真実のほどはわかりませんが、ビットコインの秘密鍵は量子コンピューターで解読できるという説があります。しかし、今回、FBIはそれとはまったく違う手法で取り返したわけで驚くべき事実とも言えます。

2つ目のテクノロジーが利用されたFBIの手柄はおとりアプリで世界の地下組織を一網打尽にした話題です。世界の警察が秘密裏に連携し世界700カ所で800人を一斉逮捕という小説のレベルすら超越した大作戦です。これを可能にしたのがFBIが生み出したANOMというアプリ。特殊な携帯で、電話もテキストもできず同じアプリのプラットフォーム上の人としかやり取りできません。その携帯を犯罪組織の幹部に持たせ、利用させることで12,000台もの飛躍的拡散に成功します。ところがこのアプリはFBIなどで全部リアルタイムで読める仕組みになっており、地下組織が泳がされていた間のやり取りは1000万件とも2000万件ともされます。動員された捜査官は世界で9000人とされ、世紀の捕り物劇となりました。

3つ目はシリアスです。これはアメリカの内国歳入庁、IRSがもつ過去数千人のアメリカの富裕者の納税リストが漏れ、アメリカのNPO、プロパブリカがこれを入手、分析。誰でも知っている成功者たちの納税額をベースにした納税率を独自に算出、公開したのです。その名前にはジェフベゾス、ウォレンバフェット、イーロンマスク、マイケルブルームバーグ氏などを含むそうそうたる顔ぶれで上位25名が14年から18年の間に払った連邦所得税が136億ドルに留まる一方、その間のそれらの人々の資産の増分は4010億ドルを超えているとしています。25人の平均税率は3.4%でベゾス氏の税率は0.98%、バフェット氏は0.1%だと同紙は主張しています。

ご承知の通り、株式などの資産は売らなければ当該年度の課税対象にならないため、上記の平均税率が1%以下だと主張する点はほぼ意味がない論拠であります。ただ、本件はそんなところに問題があるのではなく、IRSのそんな個人情報がどうして漏れたのか、であります。私からすれば驚愕どころか、天地が逆さまになるほどの事件だと思っています。

もちろん、アメリカ政府は焦りまくっており、犯人と漏洩ルートは絶対に解明すると宣言しています。

ご記憶にあるかと思いますが、トランプ氏が大統領だったとき、氏が税金をいくら払っているか開示する、しないで大揉めになりました。ところがこんな形で漏れるのであれば当時、バトルをしていた方々にとって何なのだろう、ということになります。鉄壁だったものが何らかのルートで漏れているのです。ちなみにトランプ氏のデータが漏洩したかは報じられていません。

2つの犯罪組織との対峙と当局からの情報漏洩ニュースはたまたまですが、ほぼ同時に報じられています。誰もそれを関連付けて考えていないと思いますが、我々は既に見られているのだ、という覚悟を改めねばなりません。

顔認証システム等により中国をはじめ世界では誰がどこにいるか掌握しやすい状況になりました。これについてプライバシーの侵害だという声もありますが、「悪いことをしていなければ彼らは追っかけてこない。だから気にすることはない」という意見がありました。しかし、IRSの情報漏洩は金持ちだけど犯罪も法も犯してもいない世界を代表するビジネスリーダー達の秘密が半ば興味本位で暴露されているのです。

これは有名人だからということではなく、小さなコミュニティにおいて誰でも知る「あの人のあれこれ話」や知りたい人の知りたい情報でも筒抜けになる可能性があることを示しています。

人間は完璧か、絶対に後ろ指を指されないのか、ルールを鉄壁のように守っているのか、といえば7割ぐらいの人はできていないと思っています。Jウォークを含む信号無視、スピード違反を含めた細かいルール違反までいえば果てしないでしょう。

人間の行動が内向的になりかねないこれらの事件は良い面と悪い面の両建てであるような気がしてなりません。少なくともすべての人は「見られている」「漏れるかもしれない」という前提に立たねばならない時代になったといえるのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年6月10日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。